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主に私が作成した超短編小説(ショートショート)を記事にします。ほかにお気に入りの小説を紹介します。

愛縁奇縁(あいえんきえん)

 酒井真由は知り合いの彩花に誘われてテニスサークルに所属していた。彩花は彼氏探しや仲間作りの為に所属したようだが、真由は高校時代にやっていたテニスを続けるのも悪くないなと思い、彩花の誘いに乗った。
 真由はテニスだけが他人に自慢できるものだと思っていた。しかし、体育会でやるほどの腕前ではなく、自慢出来るのは、中学高校と部活をやり続けたということだけだった。
 真由は中学高校とテニスを続けていたわりには、肌の色が白く、少しポッチャリした体型をしていた。性格はおとなしく控えめで目立たないタイプだった。

 西山洋介も同じテニスサークルに所属していた。運動神経がよく、日に焼けた端正な顔立ちをしているが男子高校出身のせいか、女性と話すのが苦手で女友達はいなかった。
 真由も洋介もテニスサークルで顔を合わせてはいるが、話をしたこともなく名前も知らなかった。
 しかし、真由は洋介の存在が少し気になっていた。二重瞼の大きい目、彫りが深く鼻筋の通った顔立ちはテニスサークルの中でも目立つ存在だったし、真由の好きな顔でもあったからだ。かといって真由からアプローチする気など微塵もなかった。洋介のような顔の持ち主は、同じような綺麗な顔をした女性と遊び回っているもので、自分のような一重瞼の小さい目と低い鼻に小さい口をした地味で太った女などは、眼中にないはずだと決めつけていた。
 確かに洋介は真由の存在を知らなかったが、それは真由の思っているような理由ではなく、洋介は女性と話すのが苦手で真由に限らずテニスサークルにいる女性の顔や名前をほとんど覚えていなかった。
 しかしある日を境に、洋介の方が真由の存在を強く意識するようになった。
 それは、洋介がサーブが決まらずイラつき、やる気を失った時だった。洋介は少し気分転換しようと、呼吸困難になるくらいの太陽光線を避けて木陰のベンチに体を預けた。吸い込まれそうな青い空とボリュームある白い雲を眺めていると、少し気持ちも落ち着いた。深い呼吸をしながら白い雲がゆっくり流れているのを見ていると、それが女性の体のように見えてきて「ハァー、俺もそろそろ彼女がほしいな」と呟いた。
 友達はみんなデートに忙しく、彼女のいない洋介は取り残された気分になっていた。
 冷たさを失った残りわずかなポカリスエットを飲み干して、前のコートに視線をやると、熱心にサーブの練習をする真由の姿が視界に入ってきた。普段はおとなしい真由だが、テニスをしている時は別人のようになる。この時も眉間にシワが入り、色白の顔が紅潮し汗が滴り落ちていた。小さくガッツポーズをしたり、腰に手を当て天を仰いだりしている真由の姿を見て、洋介はかっこいいと思った。
 洋介の視線は最初、力強く正確な真由のサーブに釘付けになっていたが、そのうち真由の色白で肉付きのよい太ももへと移ってしまった。真由はそんな視線に気付くことなくサーブに一段と熱が入り、シャツがめくれあがるのも気にしていなかった。すると洋介の視線は太ももから真由のシャツがめくれあがり、たまに見える色白の脇腹に移っていった。太陽の光に反射するような白い肌に洋介の視線は釘付けになり、イラついた気持ちもどこかへ吹っ飛んでしまった。
 それ以来、洋介はテニスサークルで真由の姿を見かけると、サーブに打ち込む姿といっしょに真由の太ももと脇腹が頭に浮かんでしまった。そして次第に真由を女性として意識し始め、つぶらな瞳と小さい鼻が可愛く魅力的に感じ、たまに見せる笑顔に心を奪われていった。その気持ちは、日に日に高まり抑えきれなくなってしまっていた。
 洋介は真由に声を掛けることを決意したが、これまで女性に声をかけたことのない洋介にとって、それは一大イベントだった。
 ある晩一人で、深夜まで作戦を考えた。気持ちも固まり床に着いたが、何度も何度も作戦を考えていると、空は明るくなってしまった。
 次の日、洋介はテニスをほどほどに切り上げ、真由を探した。するとコートから少し離れた所で一人で軽く素振りをしている真由の姿があった。洋介は深呼吸してから、ゆっくりと近付いて素振りしている真由の後ろに立った。
「サーブが上手いね」
 いきなり、真由の背中に向かって声を掛けた。洋介は、この時頭が真っ白になっていた。
 真由は素振りを止めて振り返り、洋介の姿を見て驚いた。真由は目を見開いて「あ、ありがとうございます」と言ってペコリと頭を下げた。いきなり過ぎて、真由も頭が真っ白になってしまった。
 この後「今から俺にサーブを教えてくれよ」と続け、二人でサーブの練習やラリーをした後、ベンチに腰掛けて、少し会話するのが、洋介が昨晩、考えに考え抜いた作戦だったが……、二人のはじめての会話は、お互い頭が真っ白になり、一言だけ言葉を発するのがやっとだった。


 真由はファーストフード店でアルバイトをしていた。人見知りの真由にとって接客の仕事は苦痛に感じていた。接客が苦手なら他のアルバイトを探せばよかったのだろうが、真由にとって思い浮かぶアルバイトはファーストフード店しかなかった。“初心者歓迎、親切丁寧に教えます“の貼り紙の文句を見て、自分でも大丈夫だと勝手に思った。それと甘い物が大好きな真由は、この店でアルバイトすれば、ここのドーナツがたくさん食べられると、これも勝手に思った。
 前者は思った通りではなく苦しんだ。後者は思った通りだったが、おかげでぽっちゃりが目立ってしまい、今ではドーナツを我慢せざるをえなくなった。
 真由にとってアルバイト先で接客より苦痛な事があった。それは店長からの小言だった。接客が苦手な真由を見る度、店長は小言を言った。
「酒井、お客様への挨拶は大きな声でハキハキしろよ。毎日同じ注意をさせるな」
「すいません、気を付けます」
 真由はいつも以上に小さな声になり、うつ向いて答えた。
「今の声だって聞こえないだろう。それに「すいません」じゃなくて「申し訳ございません」だ。うつ向いてると表情もわからないんだよ」
「申し訳ございません」
 真由は言い直したが、うつ向いたままで声の大きさは小さいままだった。
「ふん」
 店長は鼻を鳴らし真由を睨み付けた後、背中を向け、その場を離れてしまった。
 この時真由はドーナツも食べられないし、仕事では迷惑をかけてばかりなので辞めた方がいいと思っていた。


 真由はテニスサークルでテニス以外にも楽しみが出来た。テニスの合間に洋介と過ごす数分間は真由にとって、ときめきの時間になっていた。
 それは洋介も同じだった。はじめての会話から真由の姿を探し出しては声を掛けた。いきなり作戦通りにいかなかったが、少しずつ作戦通りに進んでいった。名前を聞きだしお互いの生年月日もわかった。
「西山さんが、あたしと同じ歳だと思いませんでした。先輩だと思ってました」
「俺ってそんなに老けてるかな」
 洋介は手で頬の辺りをさすりながら言った。
「違います違います、落ち着いて見えるだけです」
 真由は右手を何度も振りながら否定した。
 二人は少しずつ会話に慣れてきたようだったが……、
「酒井さんは、普段はおしとやかで可愛いのにテニスしている姿はかっこいいよ」
 洋介は告白するくらい勇気を出した言葉だった。真由は自分を褒めてくれた言葉に顔を紅潮させ、どう返してよいかわからなくなり、うつ向いてしまった。洋介も会話が続けられなかったので、やむなくテニスの話題に切り替えたが、テニスの話題で盛り上げられるほどの余裕はなかった。
 洋介の作戦では、洋介の言葉に対して真由から
「有難うございます。お世辞でも嬉しいです」と返ってきて
「お世辞じゃないよ、俺このままだと酒井さんに惚れてしまいそうなんだよ」と洋介が言って
「本当なら嬉しいです」と真由から返ってきて
「じゃあ本当に惚れてしまうことにするよ」
 そんな感じで洋介は昨晩も色々と作戦を練っていたようだったが……、今の洋介には簡単な事ではなかった。



 今日は店舗クリニックの為に本部からトレーナーが来ることになっていた。真由はこんな日に限って出勤かと普段以上に憂鬱になった。
 店長はいつも以上に厳しいんだろうと考えるとお腹が痛くなり、仕事へ向かう足取りも重たくなった。
「おい、酒井、今日は本部から接客のチェックが入るからな、いつもみたいな接客をしていたら、即帰ってもらうぞ」
 真由は、出勤するなり言われた言葉を聞いて本当に帰りたいと思った。
 アルバイトを辞めたいと思っていたが言い出せなかったので、店長から「帰れ」とか「辞めてしまえ」と言われたら本当にそうしようと思っていた。
 仕事に入り1時間程経った時、スーツ姿の男女二人の姿が見えた。二人は店長と少し会話した後、キッチンや店内を何度も行き来していた。真由はチェックされている事を意識しすぎてしまい、いつも以上に緊張し、声が出なくなってしまった。スーツ姿の男女二人の眉間にシワが入るのを見て、口がカラカラに乾いた。
 1時間程でチェックが終わり、スーツ姿の男の方が、店長と報告書を見ながら話している姿が目に入った。キッチンや店内を、あちこちと指さしながら熱のこもった話をしているようだったが、その時、真由は嫌な予感がした。真由の方を見ながら何やら話しているのがわかったからだ。その後、スーツ姿の男女は店長に「よろしくお願いしますね」と声を掛け店を後にした。店長の顔が険しくなっているのがわかった。
「あー、やっぱり酒井のせいで、うちの接客の点数はよくないな」
 店長は真由に聞こえるように声を張り上げ、スーツ姿から受け取った報告書を見て頭を掻いた。
 「やっぱり、あたしのせいだ」と真由は首をすくめてうつ向いた。
「気にする事ないわ」後ろから、張りのある声が聞こえた。
 先輩の西山貴子が真由の肩に手を置きながら言った。
 真由が顔を上げると貴子と目が合った。貴子の顔を見て、心地よい笑顔って、こういうのを言うんだろうなと思った。
 貴子は真由の2つ歳上で、仕事をテキパキとこなし笑顔を絶やさない。スラッとした体型をし二重瞼で黒い瞳、整った眉、黒く長い髪。真由は自分とは正反対の綺麗な顔を見て羨ましいと思った。
「酒井さんは仕事を覚えるのは早いし、ミスもしないから気にする事ないわ。もっと自信を持ってやれば大丈夫よ」
「あっ、は、はい、あ、ありがとうございます」
 真由は少し言葉をつまらせながら礼を言った。
「せっかく、可愛い顔してるのに、下を向かないで笑顔出したらいいの。もっと仕事を楽しんだらいいの。店長に怒られて堅くなってるから、もっとリラックスして」
「は、はい、頑張ります」
「じゃあ、明日からもよろしくね、辞めたくなったり悩みがあったら何でも言って、少しは先輩なんだから相談にのるわ。あっ、でも恋愛の相談はダメだから、あたし、そういうの苦手だからね」
 そう言って、貴子は舌を出した。真由はアルバイト先で、はじめて本当の笑顔が出た。
 真由は、アルバイト先では一人で苦しんでいたが助けてくれる人がいる事に少しだけ勇気が湧いた。そして人と話すのが楽しいと少しだけ感じた。


「酒井さんはテニス以外に趣味とかあるの」
 洋介は今日もテニスの合間に真由の姿を探して声を掛けた。
「音楽を聴くのが好きです。最近はZARDの『負けないで』が大好きで、あの曲を聴くと元気になれるんです」
「いい曲だよな、俺も好きだよ」
 洋介は嘘をついた。姉から『負けないで』は、いい曲だと聞いたことはあったが、どんな曲かは知らなかった。
「ほんと、いい曲ですよね。西山さんも好きで良かったです」真由の小さな瞳が輝いた。
「あっ……うん、ところでJリーグが開幕したけどサッカーには興味ないの」
 洋介は『負けないで』の話題から変えようと慌てた。
「ごめんなさい、スポーツはテニスしか興味ないんです」
「サッカーもテニスと同じくらいに面白いよ」
「そうなんですか……」と真由は返したが、もう少し『負けないで』の話題がしたいと思っていたので、いつも以上に声が小さくなった。
「うん……、面白いよ」洋介の声も小さくなった。
 そこで会話は途絶えた。洋介は会話を続けようと思ったが『負けないで』の話題に戻ったらいけないと思うと続けることが出来なかった。正直に『負けないで』は知らないと言えばよかったと悔やんだ。
「じゃあ、また」
 洋介は右手を上げ、真由はペコリと頭を下げた。
 洋介は『負けないで』という曲を姉に聴かせてもらおうと、真由はJリーグを一度テレビで観戦してみようと、それぞれ思いながら帰った。
 お互い、テニスサークル以外の場所で、ゆっくりと同じ時間を過ごしてみたいと思っていたが、言い出すことはなかった。洋介はコンサートやサッカーの観戦に誘う勇気は、まだなかった。
 真由がテニスサークルを出て駅に向かって歩いていると、テニスサークルに誘ってくれた彩花が後ろから近付いてきた。
「真由、久しぶりだね」
 彩花は最近サークルに顔を出していなかったので真由に会うのは久しぶりだった。
「あっ彩花、ほんと、久しぶり元気だった。彼氏が出来たって聞いたけど」
「まぁね、でも別れちゃった。ところで真由、さっき西山くんと仲良く話してたけど、付き合ってるの」
「ちがう、ちがう、たまにサークルで話すだけよ」
 真由は顔を真っ赤にして、右手を何度も横に振った。
「そっかー、真由は西山くんを狙ってるわけね」
「そんなんじゃないよ、ちょっと話すようになっただけで狙ってなんかいないよ」
 本当は、洋介と付き合いたい気持ちを相談したかったが、真由は言えなかった。
「それなら、あたしに西山くん紹介してよ。前から彼に興味あったんだぁ。ねっお願い」
 彩花が真由に向かって手を合わせた。
「えっ、う、うん、わかった」
 真由はうつ向きながら小さく頷いた。真由は彩花を紹介したら、きっと洋介の心は彩花にいってしまうんだろうなと思った。彩花は可愛いし積極的だから、きっとうまくいくんだろうなと思った。
「じゃあ、今度サークルでね、お願い」
 彩花は真由の肩に手をやって微笑んだ。真由の肩は心なしか落ちた。
 

 真由はアルバイトを頑張って続けたが店長の評価は変わらなかった。
「酒井、全然良くならないな。もう少し元気出せないのか」
「申し訳ございません」
 真由が頭を下げた。真由は、この時店長に小言を言われたら「辞めさせてください」と言おうと決めていた。店長がそれを望んでいるのもわかっていた。
「そろそろ良くなってもらわないと、これ以上お客様に迷惑かけてたら店の信用が……」
「そんなことないですよ」店長の声をかき消すように張りのある声が飛んできた。
 声の主は貴子だった。貴子は形の良い眉をつり上げながら二人に向かって早足で歩いてきた。
「西山さん……」
 店長が少し後ずさりした。貴子は二人の間に入るようにして言葉を続けた。
「酒井さんは、すごく良くなってますし、テキパキとミスなくやってます」
 店長は眉間にシワを寄せた。
「そ、そうかな、俺は酒井が良くなっているように思わないけどな」
「確かに元気ないところはありますが、目立たないところで気配りが出来ています。だから、きっと良くなります。このままだと彼女辞めてしまいます」
「しかし、挨拶の声が聞こえないし、笑顔も少ないし、こんな状態で、この仕事を続けてもらっても困るんだよ。ほら、見てみろよ」
 店長は腕組みしたまま、顎で真由を指した。真由はうつむいたままだった。
「酒井さん、下向かないの。顔を上げて笑って」
 貴子が真由の肩に手を置いて、真由の顔を覗き込むようにした。
「西山さん、後輩をかばうのはいいけど、出来ない奴は、何やっても出来ないんだよ」
 店長が貴子を睨み付けた。
「店長、申し訳ありません。でも、お願いします」
 貴子が店長に深々と頭を下げた。
 真由は辞めようとしていた自分が恥ずかしくなった。これまで貴子に相談することもなく、何も変わろうとしていなかった自分が情けなくなった。
「西山さんが、そこまで言うなら酒井さんに、もう少し頑張ってもらってもいいけど……、ウーン」
 店長は腕を組んだまま下を向いた。
「あたしと発声練習をやるようにします。そうしたら明るく元気な声が出るようになると思います。二人で頑張ります」
 貴子は店長に口角を上げて言った。その顔を見た店長は顔を紅潮させて胸が熱くなった。 
「よし、わかった。本当は酒井さんには辞めてもらおうと思ったけど、1ヶ月後の本部の店舗クリニックまで様子を見ることにするから、それまでに良くなってくれ。もし、その時の接客チェックの点数が今回と変わらないようなら、その時は辞めてもらう。それでいいか」
「店長、有難うございます。あたしも酒井さんも、これからも仕事頑張ります」
 貴子が店長に向かって勢いよく頭を下げた。うつ向いていた真由も一度顔を上げてから、深々と頭を下げた。
「店長、貴子先輩、本当に有難うございます。あたし、これから変わります。絶対に変わります」
 少し涙声だったが、真由は目一杯、声を張り上げた。

 
 第1話は、これで終わります。この先酒井真由と西山洋介が、どうなるのか、恋人同士になれるのか、酒井真由はアルバイトを続けていけるのか。
興味があれぱ、第2話を読んでみてください。
 第2話は話しが変わりますが、酒井真由がこの後どうなったのか、わかってもらえると思います。



 西山結花は、学校が休みだったので朝からアルバイトに入り、疲れた様子で帰ってきた。
「お母さん、ただいま~」
「おかえりなさい、疲れてるわね」
「今日は朝からバイトだったしバテバテ。新人の女の子教えてたから余計に疲れた。もっとしっかりしてくれたら楽なんだけどね、教えてるとイライラしちゃって、ハァー」
 結花はソファに体を預け、ため息をついた。
「新人の子も一生懸命だと思うよ、優しく見守ってあげなさい」
「それは、わかってるけどね、ついイラついて、きつく当たっちゃうのよ。後で反省するんだけど、自己嫌悪になって一段と疲れるわ」
 立ち上がり冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出しながら言った。
「あなたにも新人の頃があったでしょ、その頃のこと思い出してみなさい」
「まぁね、あたしも最初はよく失敗したなぁ、先輩に助けてもらってばっかりだったわ」
 そう言って、またソファに体を預けた。
「お母さんも学生の頃、アルバイト先で先輩に助けてもらったわ、良い先輩だったな。あの先輩のおかげでお母さんの今があるし、あなたがここにいるの」
「そんな~、お母さん大袈裟~」
 結花はそう言って、帰りにファーストフード店で買ってきたドーナツを取り出した。
「大袈裟じゃないわよ、本当に今があるのは、あの先輩のおかげ、結婚出来たのも、あの先輩のおかげ。それよりあなた夕食前よ、ドーナツなんか食べて太っても知らないわよ」
「大丈夫、大丈夫、お母さんと違ってあたしは太らない体質だから」
 結花はシャツをめくり上げ、サッカーで鍛えた浅黒く引き締まった腹筋を右手で叩いた。
「太ってて悪かったわね」
「ごめんごめん、お母さんは色が白いし肌がきれいで女性らしくて羨ましいよ。あたしはお父さんに似ちゃったんだろうね」
 結花はドーナツの最後のひとかけを口に運んで、キッチンの方に向かって言った。
「結花はお父さんより若い頃のお義姉さんにそっくりだわ」キッチンから声が返ってきた。
「あたしが叔母さんに」
「そう、よく似てるわ。でもお義姉さんは、結花の歳の頃でも、もっと落ち着いてたし正義感があって、カッコ良かった」
 キッチンから出てきた西山真由は昔を懐かしむように言った。
「お母さんは結婚する前から叔母さんと知り合いだったの」
「偶然、お父さんと同じ時期に知り合ったかな。学生の頃、いろいろと助けてもらった。お義姉さんは恋愛の相談は乗らないって言ってたけど、結局恋愛も助けてもらったわ。お父さんもお母さんもグズグズしてたからね」
「じゃあ、叔母さんが恋のキューピットってわけか」
「そういうことかな」
「叔母さんに感謝だね」
「でも、お義兄さんとお義姉さんが付き合うきっかけはお母さんだったのよ」
「えーっ、お母さんが叔父さんと叔母さんの恋のキューピットなの。お母さんはそんなタイプじゃないでしょ」
「お母さんがくっつけたわけじゃないけどね、お母さんがいたから二人がよく話すようになったのかな」
「お母さんは叔父さんとも仲良かったの」
「お義兄さんは最初、怖くて苦手だったのよ。でもね本当は優しい人だった。それもお義姉さんのおかげでわかったわ」
「叔父さんが怖いのが想像出来ない」
「そうね、今思えばね。お義兄さんも当時は仕事が大変だったからね。人は出会い次第で幸せにもなるし不幸にもなるんだなと思った。結花は今の新人さんや、これから出会う人をお義姉さんのように幸せにしてあげてね」