小説を楽しんでプラス

主に私が作成した超短編小説(ショートショート)を記事にします。ほかにお気に入りの小説を紹介します。

小説を読もう「空飛ぶタイヤ 池井戸潤」の言葉表現2

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空飛ぶタイヤ 上下合本版 池井戸潤

小説が好きで小説家の表現の仕方をまとめただけの資料です。

小茂田から笑顔が消えた。厳しい表情で手元のレポート用紙にボールペンを走らせ、説明する赤松の声と重苦しい筆到の音だけが室内で重なりはじめる。

小茂田は渋い表情になった。ボールペンのキャップの部分を唇に当てたまま、返事がない。
「何の資金ですか」
やがて小茂田は資金使途をきいた。

「つまりですね」
小茂田はかけていた肘掛け椅子から体を乗り出して説明を始めた。「銀行というのは社会的な存在でして、資金の使い途ということについてかなり煩(うるさ)くいわれているんです」

声を荒げた赤松に、小茂田はまあまあとなだめるように手のひらを見せていった。

さも驚いたような声で益田はこたえた。この男のクセで、どこか芝居がかっている。

港北署の高幡と吉田の二人だ。
高幡がまっすぐ赤松を見ると、ひょいと手を上げる。思わず腰を上げた。

「ということですので、社長、もうこれ以上はご勘弁してくださいよ」
そういったときの益田の顔は、げじげじの眉をこれでもかというぐらいに八の字にして、見るからに申し訳なさそうに見える。

益田を睨み付けた赤松は、怒りで自分の拳が震えるのがわかった。

「ちょっと待って下さい」という返事とともに、「美しき青きドナウ」が流れ出した。
随分待たされた。

「電話いただくことになってたんですけどね」
むっとした赤松に、「そうなんですか」と相手はそっけない。だからなんだと言いたげな口調だった。

「社長、どうかしましたか」
いま切ったばかりの電話に視線を結びつけたまま鼻息も荒く腕組みした赤松のデスクのところへ、宮代がやってきた。

「ほんとうか、宮さん」
興味を掻き立てられた赤松は、思わず体を乗り出した。

その記事を読む限り、赤松運送の事故とこのトラック事故とを直接結びつける事実を見つけることができなかった赤松は、目で宮代に問う。

「実は、この記事に書かれていないことを運転手がいってるらしいんです」
「書かれてないこと?」
きいた赤松に、宮代は意味ありげな視線を投げた。

赤松は押し黙った。宮代はそんな赤松の反応を待っている。

整備不良……。その言葉は、重石をつけて海へ投棄された看板のように、ひらひらと海流に翻弄されながら、赤松の心に沈んでいく。

「ホープ自動車の?ホープ自動車のトラックだったのか、事故車両は」
宮代はじっと赤松に視線を送ってうなずく。

言葉を切った児玉はフロントガラスの一点を見つめたまま続けた。「車両の構造的な欠陥かな、やっぱり」
赤松は児玉の横顔を穴のあくほどみつめた。

語気を荒げた赤松が食卓に叩きつけた湯飲みから、ぬるくなったお茶がはねる。

「こういう要望書を御社に提出していますが、ご存じですか」
赤松は再調査依頼の手紙のコピーを取り出してテーブルを滑らせた。北村は黙ってそれをつまみ上げ、素早く目を通す。
「これが何か」

知っているのかいないのか北村はこたえなかった。表情一つ変えないその態度は、氷の要塞のように冷ややかだ。こんな取るに足らないことで来たのかといいたげな態度に、赤松の中で、ぽっと怒りが点灯した。
「再調査をしていただきたい」

「なら、その、調査結果を見せてください」
赤松はいった。
「なんです?」
銅像のようだった北村の眉が動いた。
「見せていただいてないんです、その調査結果を」
じっと、赤松を見つめる目の中で、かたかたと精密機械が動いている音が聞こえるようだった。その目は、説明を求めるように、赤松の傍らで息を飲んでいる益田に向けられた。

きっぱりと、北村は断じた。話はこれで終わり、とでもいうように。諦めきれない赤松は、奥歯をぎりぎりと噛み、相手を睨み付ける。

ふうっ、とあからさまに北村は迷惑そうな吐息をはいた。

「で、納得したのか、先方は」
沢田は、胸に湧き上がった猜疑心(さいぎしん)を隠して相手を見た。
「納得したかどうかはわからないね。だが、再調査は断った。理由が無いから。それとも、何かそちらの調査に問題でもあったのかな」

「あの事故か。いや……」
短く小牧は答え、そして不意に興味を抱いたかのようにきいた。「なんで」

「警察の動きだ。現在もまだ捜査中で、場合によっては最悪の事態もあり得る」
最悪の事態、といった途端、全員が息を飲んだのがわかった。

赤松は半ば唖然として顔を上げた。
それもそうだ、思ったからである。

谷山が指さした箇所を見て、赤松はあっと声を上げてしまった。
点検項目の最後に、「その他」という項目を門田は作っていた。そこに、少々読みづらい文字で「事故後のハブ摩耗および亀裂」という項目が書き加えられていたのである。
その右側のチェック欄にあるチェックの印が、赤松の目に飛び込んできた。
「俺は……」
赤松はようやっとのことで言葉を絞り出した。「俺達は、門田に助けられたのか」
「そのようです」
谷山はいうと、深い皺を刻んだ顔でニッと笑った。

ぐっと奥歯を噛んだ加藤はやがて、「会社全体の話です、それは」

「評価はあくまで評価ですから」
加藤は、微妙な言い回しでこたえた。
「どういうことだ、それは」
小牧の眼光が鋭くなり、加藤をますます窮地に追い込む。

「ですから、S評価はあくまで品質保証部が行うものなんです。そして評価の基準といっても主観的なものに過ぎません」
その言葉の意味は、次第に沢田に染み込んできた。

「つまり、本当はS1に分類される危険なものであっても、品質保証部の匙(さじ)加減次第では、S2にもS3にもなるってことか」
ようやく沢田がきくと、「そういうことです」と加藤は沈欝な顔になった。

「リコール隠しだ」
ぴしゃりと沢田が継いだ言葉は、三人が食い散らかしたテーブルの上に無造作に放り出された。

お待ちくださいといったまま、電話の相手はなかなか出ない。
しびれを切らした沢田は、受話器を叩きつけて、販売部を出た。

部下とともにテーブルを囲んでいる室井の傍らに立った沢田はいった。
「ちょっと話があるんだが、いいかな」
陰気な男の表情に不機嫌な色が混ざり合い、沢田を見上げる。
「見てのとおり打ち合わせ中だ。後にしてもらっていいかな」
「だめだ、今だ」

「国交省から報告要請はあったか」
返事はない。代わりに探るような眼差しがこちらを見つめてきた。
「あったかときいてるんだ!」
だん、と拳をテーブルに叩きつけた。空気がぴんと張りつめ、室井との敵対姿勢が、鮮明になる。冷え冷えとした睨み合いになった。

やがて怒りに膨れた室井の頭の中で不気味な笑みが広がり始めた。
「品質保証部内のことに首を突っ込まないほうが身のためだぞ、沢田」
呼び捨ては、自分のほうが五つほど先輩だということを思い出させようといたのかも知れなかった。