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人生も後半戦

人生も後半戦になったら、これまでの生き方に後悔することもあります。しかし、後悔しても仕方ない。この先楽しく生きるためにいろんなことに挑戦

オレオレ詐欺

 リリリーン、リリリーン
「はいはい、ちょっと待って下さいね。すぐに出ますね」
 山崎佳子は呼び出し音が鳴る電話機に向かって声を掛けた。少し足元がおぼつかないので電話に出るまで時間がかかる。
「ハアハアハア、もしもし、お待たせしました、山崎です」
「あー、母さん。オレ」
「ハア、どちら様?」
「オレだよオレ、わかる?」
「ん、あー、その声はポンキチかい?ひさしぶりだねぇ。元気そうな声で母さん安心したよ」
 ポ、ポ、ポンキチって息子の名前かよ。
「あ、そうそう、ポ、ポンキチだよ」
「あー、やっぱりポンキチかい。電話くれてありがとうね、母さん嬉しいよ。ポンキチの声聞いたら涙が出てきたよ」
「ん……、あっ、そ、そうか。喜んでくれてオレも嬉しいよ……」
「急に電話なんかしてきてどうしたんだい」
「あっ、うん、ちょっと頼みがあるんだ」
「ポンキチが電話してくる時は頼み事ばっかりだねぇ」
「ごめんよ、でもすごく困ってるんだ、頼むから助けてよ」
「ポンキチが困ってるなら、なんとかしてあげないといけないねぇ」
「母さん、有り難う」
 このババア、完全に信じてるな、楽勝だな。
「そう言えばポンキチ、オレオレ詐欺対策にって二人で合言葉決めたよね」
「えっ……あ、合言葉、そ、そうだったかな」
「確か、私が好きな色は?って聞いて、ポンキチが好きな色を答えるんだったわね」
「そ、そうだったかな」
「じゃあ、聞くわね。ポンキチ好きな色は?」
 合言葉かぁ、最近は、これが多くて困るんだよな。うーん好きな色、赤や青みたいな簡単な色にはしてないだろうな。オレンジ色とか言ってみるかな。違って怪しまれたら、すぐ電話切ればいいか。
「オレの好きな色はオレンジ色だよ」
「えーっ、ポンキチ、オレンジ色じゃないでしょ。赤にしたじゃない。母さんと決めた合言葉忘れるなんて悲しくなるわ」
 え、赤かよ。簡単な色にあえて、したのか?それより、このババア正解言ってしまったら合言葉の意味ないじゃないか。こっちとしては有難いけどな。こいつは楽勝に騙せそうだな。
「あっ、そうだったな。赤に決めたの忘れてたわ」
「ポンキチ、しっかりしなさいよ。そんなにボーっとしてたらトラブルに巻き込まれたり、悪い人に騙されたりするわよ。母さんはポンキチの事が心配で心配でしかたないんだから。また眠れなくなるじゃない」
「心配かけてごめんよ。実はさぁ、今もボーッとしてて他人に迷惑かけてトラブルになってるんだ。それで助けてほしくて電話したんだ」
「あらあら、ポンキチは小さい頃からボーッとして他人に迷惑かけてたからねぇ。ポンキチは覚えてるかな?幼稚園でポンキチがよそ見して投げたボールがトラオ君にぶつかって怪我させた事。母さん何度も何度もトラオ君の家に謝りに行ったんだから。トラオ君のご両親はポンキチがトラオ君をいじめてると勘違いしてたみたいでね、ポンキチのことをワガママでしつけが出来てない悪い子供のように言われて母さん辛かったわ。だけどね、ポンキチがこんなに立派になってくれたから、今となっては懐かしい良い思い出だけどねぇ」
 ト、トラオかよ。また変な名前出てきたな。
「それより母さん、さっき起こしたトラブルなんだけど、オレがコーヒー飲みながら歩いてたら男の人にぶつかってしまって、その人のスーツを汚してしまったんだ」
「あらら~、よそ見しながら歩いてたんでしょ。あの時と同じじゃない。それにコーヒー飲みながら歩くなんて行儀悪いわね。やっぱりしつけがよくなかったのかな。母さん反省するわ」
 面倒なババアだな。はやく金振り込ませて終わらせたいんだけどな。
「それでスーツにシミがついたんで、相手の人が怒ってるんだよ。新しいスーツを弁償しろって言われてるんだ」
「そりゃスーツを汚されたら怒るわね。それじゃあ、私が今からそこに行って、その人にお詫びして、そのスーツ洗濯してあげようかね」
「ん……、高級スーツだから、そんなわけにいかないよ。すごく怒ってるし、だからスーツ代50万円支払わないといけないんだ。ヤバそうな相手だから、支払わなければオレ殺されるかもしれないんだ。母さん助けてくれよ。今からいう口座にすぐ50万円振り込んでくれよ。頼むよ50万円あればオレの命が助かるんだよ」
「えー、たったの50万円なのかい」
「えっ……、そうだけど……何か」
「あなたの命が、たったの50万円なんて母さんは認めませんよ。だいたい、あなたの命はお金にかえれません」
「オレの命が50万円じゃないよ、スーツ代が50万円だよ。だから50万円でいいんだ」
 ほんと、このババア疲れるわ。まぁ簡単に騙せそうだから辛抱、辛抱。
「あなたが生まれた時は、ほんとに幸せだったわ。それからあなたを育てるのは大変だったけど、私はどれだけ幸せだったかわかる?あなたは私が愛情をいっぱい注いで育てた息子なのよ。それを50万円なんて言われたら腹が立つわ」
「だから、オレの価値が50万円じゃなくて、オレが汚したスーツ代が50万円だから。頼むよ、すぐに振り込んでくれよ」
「あなたは小さい頃、アレルギーが酷くてね、小麦や卵アレルギーがあって食べ物で苦労したわ。今はアレルギーは大丈夫かい」
「あー、大丈夫だ。そんな心配しなくていいから、それより50万円振り込んでくれよ」
 ババア、イライラするな。振り込む気ないのかよ。
「無駄遣いしちゃダメだよ。50万円もの大金を何に使うんだい」
「だから、オレが汚しちゃったスーツを弁償するんだよ」
「スーツを弁償したら、あとは大丈夫かい。余分にお小遣いも振り込んであげようか。100万円振り込んでおこうか」
「えっ、あー、母さん、有り難う、助かるよ。じゃあ振込先言うから、すぐに頼むよ」
 これはラッキーだなプラス50万円入ってくるぞ。
「フフフ、フフフ、あー、楽しかった」
「母さん、どうした、何が楽しいんだよ。それより振込先言うからメモしてよ」
「フフフ、フフフ、あなたの名前なんだったっけ」
 あー、このババア何なんだよ気持ち悪いし面倒臭いな。
「オレは息子のポンキチだよ」
「フフフ、フフフ、ポンキチって誰よ」
「自分の息子の名前忘れたのか」
「私の息子は、もうこの世にいないわ。それから息子の名前はポンキチじゃなくて、貴也っていうの。でも、もう会えないし声も聞けない。あなたの声は貴也の声にすごく似てた。一瞬、本物の貴也かと思ったくらい。でもね、そんなはずはないの。貴也はもういなくなったんだから。あなたと話してたら貴也と話してる気持ちになれたから、あなたを貴也だと思って話したかったの。それで嘘をついたの。ごめんなさいね」
「……」
「あなたも、私を騙そうとしてたから、あいこよね。あなたね、他人を騙すような電話をするんじゃなく、ご両親に電話してあげたら。きっと喜ぶと思うわ。私はあなたと話してて楽しかったもの」
「楽しかった?」
「そう、楽しかったわ。あなたは他人を騙して楽しいの」
「い、いや……」
「オレオレ詐欺で騙されてる人がまだまだ多いみたいだけど、何故みんな騙されるかわかる?息子じゃないことくらいわかるだろうとか、CMやポスターで気を付けるように言ってるのに何で騙されるのとか、周りの人は騙される人のことを不思議がるの。でもみんな騙されるの。何故だかわかる?その理由はね、なかなか来ない息子からの電話を楽しみに待ってるからなの。だから息子から電話がきたと思うと本物の息子だと思いたいの、そう信じたいのよ。騙されてるかもしれないと思いながらも息子だと信じようとするの。だからそんな息子を思う母親を騙しちゃいけない。それから年老いた親を持つ人はオレオレ詐欺に騙されないように合言葉とか決める人も多いけど、それよりもっと普段から電話してあげてほしい。うっとおしく思われるくらい電話してあげてほしい。そしたらオレオレ詐欺なんて絶対無くなるわ。そしたらあなたもこんな犯罪をしようとは思わないものね」
「……」
「それじゃあね、最後にもう一回お願い。お母さんて言ってくれる。貴也の顔を思いだしながら聞いてるから」
「……えっ、あっ、はい」
「お願いね」
「お母さん、またな」
「貴也。またね」

 ツーツーツー