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小説を読もう「旅路と死神 伊坂幸太郎」の言葉表現


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死神の精度 伊坂幸太郎 (著)


黒い髪は耳にかかるくらいで、細く吊り上がった目は爬虫類に近い。


数時間前、水戸を越えたあたりで定時のニュースが流れた。森岡は無表情のまま、若干誇らしげに、若干苦しげに、「これ俺のこと」とラジオを指差した。昨晩、渋谷で、若者同士の喧嘩があり、一人が一人を刺した。


車がようやく進みはじめた。雨のせいか、路面は真っ黒に見えた。


アクセルを踏み込むと、車輪が水溜まりを踏む。手品師が、客の前で一瞬だけ種を見せるかのように、ワイパーがさっと動いた。


「あんた、名前、何?」森岡は膝を折って、足をダッシュボードの上にかけていた。
「千葉だ」私は名乗る。


「本当にうまかったか?」
一瞬きょとんとした森岡は、顔面の強張りをほぐしながら、「うまかった」と答えた。
「なら、また食いに来てくれよ」店主の白い服には、さまざまな染みや焦げがあり、その汚れが、彼の歩んできた年月の厚みを表している。出した指は、木の枝のようで、小刻みに震えていた。


「高速ねえ」森岡は耳の穴を触った。


「だからよ」森岡は忌々しそうに、唇を曲げる。


「でもな」森岡の目に、暗い光が浮かぶ。「なるべく、遅くしたいって気持ちもある。複雑なんだよ


車道を行き交う車のヘッドライトやブレーキランプがあちこちに反射する。
ガラスが雨で濡れているため、滲んだ色が広がるようにも見えた。


森岡の目の色が瞬時に変わった。鼻から上が強張り、頬から下が引きつる


窓際に身体をよじり、歯軋りまじりに唸っている。


「深津さん、助けて」と言うと彼は、幼児が身を守るように、身体を丸めた。


「ナイフはないぞ。捨てておいた」と言うと、森岡はこめかみを痙攣させた。


まばたきの数が減り、粘液で覆われたかのように、目が光る。なるほどこうやってこの若者は、母親を刺し、繁華街の若者を刺したのだ。


「ああ」森岡はそこで、剃刀の傷のような目をさらに細めた。


しばらく私たちは、自分たち以外の誰かが発言するのを待つかのように、黙っていた。


「あんた、いったい何者なんだよ」助手席の窓に指を当て、外側で垂れる雨の雫をなぞるようにしていた森岡が、訊ねてきた。


景色は同じだ。広告看板、スーパーマーケット、田圃、それが繰り返し、目に入ってきた。


「そんなに知りてえなら、教えてやるよ」しばらくして、森岡がくぐもった声を出した。


「子供だぜ」森岡が怒りと悲しさの混ざった複雑な色を見せた。


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死神の精度 伊坂幸太郎 (著)