小説を楽しんでプラス

主に私が作成した超短編小説(ショートショート)を記事にします。ほかにお気に入りの小説を紹介します。

ロボット化計画

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大学時代の友人との再会

 新井孝夫は意識が朦朧としながら最終電車に揺られていた。つり革を両手で拝むように握りしめ、ぶら下がるようにして立っているのがやっとだ。目を閉じてうなだれているが落ち込んでいるわけではない。口元は笑っていた。
 酒くさいガタイのいい男が社内で目を閉じうつむいて笑っている姿は周りから見れば不気味だ。他の乗客は孝夫から少し離れていった。
 孝夫は結婚してから酒を飲む機会も量も減ってしまっていたのだが、今日は大学時代に仲良しだった信一に久しぶりに誘われ話しが盛り上がり飲みすぎた。
 信一と会うのは三年ぶりだったが、その間に孝夫は結婚、職場の倒産、再就職と人生の大きな変化を経験していた。これからの人生に不安を感じていた孝夫にとって大学時代に悩みを相談し合ったり夢を語り合った信一に会えるのは楽しみで仕方がなかった。

「急に呼び出すからびっくりしたわ。信一もついに結婚するのか」孝夫がビールと料理の注文を済ませ、おしぼりで顔を拭きながら信一に訊いた。
 信一は眼鏡を外し目頭をおさえながら首を横に振った。
「ちがうのかよ」孝夫が言うと信一はおしぼりを几帳面にたたみながら軽く頷いた。
「実は、ちょっと仕事のことで悩みがあってね。孝夫は大学の頃から困った時は助けてくれたし、成績優秀だったから助けてほしいと思って連絡したんだ」
 悩みがあるという信一だが、表情はやけに明るい。孝夫に向ける目は輝いていた。大学の頃、ここで夢を語っていた時と同じ目をしていた。
「ふん、嫌みかよ。俺が優秀なわけないだろ。お前の方が成績は良かったじゃねえか。俺なんて就職した会社が結婚した途端に倒産して、今はちっぽけな町工場で働いてるんだぜ。この先不安だらけだよ。こっちが悩みきいてほしいよ」そういってくわえたタバコに火をつけて天井にむかって、ため息といっしょに煙をはいた。
 孝夫は、天井にむかう煙が広がりながら消えていくのを見て、俺の不安もこんな風に消えないかなと思った。
「フフフ」信一は、孝夫のその姿を見て不敵な笑みを浮かべた。
「あいかわらず、気持ち悪いやつだな。まあ俺が役に立つかわからないけど悩みくらいきいてやるよ。どうせ、お前には悩みを相談できる友達もいないだろうからな」
 今度はタバコの煙を信一に吹きかけてからタバコを灰皿に押し付けた。
「ありがとう、やっぱり孝夫は変わってない。そういうとこがいいんだよ」信一はタバコの煙を払い、むせながら孝夫に笑みを見せた。

大岩社長のストレス

「昨日のタイガースは、ほんまに打てへんかったな。ストレス解消のつもりのプロ野球観戦がストレス貯まる一方やったわ」3人の中で一番先輩の新井孝夫がそういって100円ライターでタバコに火を点けた。
「助っ人外国人は打てないですし、期待の若手もピリッとしませんもんね」小柄で愛嬌のある榎田は缶コーヒーを口にしながら新井に返した。
「ほんま、高い金払ってんのに全く打たんわ。ピッチャーもビビってストライク入らんし、どうしたらタイガースは強くなるんやろか」新井はタバコの煙をフーッとはきながら、少し出てきたお腹を押さえた。
 新井孝夫は大学卒業後に就職した会社が倒産した後、知り合いに紹介してもらったこの工場で働きはじめた。将来への不安はあるものの仕事は楽しくアットホームなこの職場の雰囲気が気に入りはじめていた。
「新井さん、大岩社長がこっち睨んでますよ」三人の中で一番背が高くひょろりとした金田が新井と榎田の背後に視線を向けていった。「あっ、こっちに来ます」と体をすくめるようにしていった。金田の様子から大岩が怒ってるのがわかった。新井が振り返ると、「おいっ、お前ら」大岩が威圧するように叫んだ。
 最近の大岩は機嫌が悪かった。これまでは新井達がタイガースの話題で盛り上がっていると、いっしょになって盛り上がっていたのだが、今はそれが気にくわないらしい。タイガースの調子が悪いからではなく、工場の経営が芳しくないからだ。
 新井は「はい、なんですか」とこたえタバコを灰皿に投げいれて一歩前に出た。榎田と金田は直立不動になって頭を下げた。
「はい、なんですか、やないがな、いつまでさぼっとるんや」大岩は新井の前に立ち、腕組みして新井を睨みつけた。
「さぼってませんよ、休憩してるだけです」新井は眉間にシワを寄せながら大岩を睨み返した。
「そんなもん認めとらんぞ。すぐに仕事に戻れ。今度さぼってたらクビだ」
「ふん」新井は鼻を鳴らした後、大岩から視線をそらしタバコを取り出した。大岩は新井を睨みながら、新井がくわえようとしたタバコを奪い取り、そのまま灰皿に投げ込んだ。新井も睨み返して何かいいかけたが榎田が後ろから新井の右肘を引っ張った。
「新井さん、仕事戻りましょうよ」と太いゲジゲジ眉を八の字にしていった。新井は「ああ」といって踵を返した。


ロボット化の提案

「ほんまに、あいつらのせいでこの工場はつぶれてしまうわ」大岩はそういって椅子に腰かけ、勢いよく背もたれに体をあずけた。大岩の大きな体に背もたれが悲鳴をあげた。
「あんた、怖い顔してどうかしましたか」大岩の妻で専務の正子が訊いた。
「どうかしましたか、やないわ。あいつら仕事もせんとさぼってばっかりなんや。阪神の助っ人外国人や若手のこと言う前にあいつらがしっかり仕事せえ、言いたいわ。高い給料払ってんのに大した仕事しとらんわ」 大岩は一段と背もたれに体をあずけ両手を後頭部にまわして天井を見上げた。
「最近の若い子はこんなもん違いますか。みんな頑張ってくれてますよ」正子は、つとめて明るい口調でいった。
「そんなことで済まされへんのや。取引先からは納期を早めろ、不良品を無くせ、価格を下げろとひっきりなしに言われてんのや。このまんまじゃ、この工場がつぶれてしまうわ」大岩は体を起こしテーブルを勢いよく叩いた。
「すみません」正子は首をすくめた。
正子は、この場から退散しようと事務所のドアを開けようとした時、何かを思い出した。
「あっ」といって口をあけたまま手を合わせた。そして大岩の方に振り返った。
「そういえば昨日、社長が外出してからお客さんが来て、さっきいうてたような悩みが解決できますよ、みたいなこというて資料と名刺おいて帰りはったわ。ちょっと待って」正子は事務所の机の上の伝票に埋もれてしまっていた資料と名刺をさがしだして大岩に手渡した。「はい、これです」
「なんや、ロボット化による経営状況改善提案、これまでの悩みは全てなくなります。やて」
 大岩は正子から手渡された資料の表紙に書いてある見出しを読み上げてから正子に視線をやった。正子は小さくうなずいてから首を傾げた。
「担当の人、樋口さんやったかな、きっと社長さんのお役に立てますので、ご連絡下さい。そういうて帰りはったわ」
 大岩は光沢ある資料の表紙をめくり、引き出しから老眼鏡を取り出した。
「なになに、納期の遅れや不良品によるトラブル、従業員の確保や育成でお悩みの工場経営者様に朗報やと。ふん、ほんまかいな」大岩は鼻を鳴らし、疑りながら資料のページをめくっていった。ページがすすむにつれて大岩の口元はほころんでいった。最後まで読み終わると老眼鏡を外し正子に向かって叫んだ。
「こりゃいいぞ専務。すぐにこの樋口さんに連絡してくれ」


樋口との対面

「この度は弊社の『ロボット化による経営状況改善提案』にご興味をお持ちいただきましてありがとうございます」樋口が大岩の前に現れたのは、二日後のことだった。細身の体に紺のスーツ、就活中だと言われると、そのようにも見える樋口だが、大岩にたいして微笑む姿は、それとは違う、自信や凄みを感じさせていた。
「お待ちしてました。名刺は前にもらってるからいいよ」そういって大岩が右手を差し出した。樋口は出しかけた名刺をひっこめ右手を出した。大岩の黒く大きな右手が樋口の青白く細い右手を包み込んだ。大岩は樋口の顔を品定めするように見た。眼鏡の奥の瞳に外見の弱々しさとは違うものを感じた。
「さっそく、ロボット化の話を詳しく聞かせてくれるかな」そういってソファに勢いよく腰を下ろし、樋口にも座るように右手で促した。「どうぞ」
「あっ、はい。失礼いたします」樋口はソファに腰を下ろし背筋をピンと伸ばした。
「わざわざ来てくれてありがとう。じゃあ、ロボット化のなんとかいうやつを聞かせてくれるかな」大岩は背もたれに預けていた体をすっと起こし両膝をパンと叩くように手をついた。
 樋口は視線を一度落として、何やらつぶやいて大岩の顔に視線をもどし口を開いた。
「こちらがロボット化による経営状況改善提案書です。大岩様の工場をロボット化にするメリットを具体的にまとめた資料になります。それとこちらの資料とDVDはこれまでに導入いただきました工場の成功例をまとめたものです。ご参考になるかと思います」樋口はそういいながらカバンから資料やDVDを取り出しテーブルの上に丁寧にひとつずつ並べた。
 その後、樋口は大岩の工場のロボット化することのメリットについて詳しく説明した。今なら初期投資を大幅に引き下げられること、ランニングコストも人件費より下がること、作業スピードは1.5倍になること、不良品を出すことがなくなること、ロボット自らが学習してスキルを上げていくこと、文句を言わない、サボらないことなど、こと細かく説明をした。それらを聞いた大岩は夢のようだと思った。
「うちの工場のこと、よく調べているんだな。大したもんだ。君の言う通りにやるとうまくいきそうだ。君はすばらしい」大岩はそういって樋口の肩を何度も叩いた。
「恐縮です」そういって樋口は頭を下げた。



妻正子の心配事

『タイガースは今日もあと一本が出ませんでした。これで引き分けをはさんで5連敗です。オカダさん、タイガースこれで借金生活、Bクラスに転落ですが』
『なんか、こう、小さくなりすぎてるんよね』
 大岩はテレビから流れるプロ野球中継をみながら、ため息をついた。
「あー、また負けたわ。弱すぎるから応援する気がなくなるわ。オカダの言う通り小さくなりすぎや、もっと思い切ったことせなあかん。もう応援せえへんぞ」
 大岩はビールをグイッと飲んだ後、テレビに向かっていった。
「今は調子が悪いだけやから仕方ないわ。そのうちに調子も上がってきて勝つようになりますよ」正子がいった。
「ふん」大岩は鼻を鳴らして、残りのビールを飲み干した。
「ところで、樋口さんの話はどうするんですか」
「ロボット化の話か。あんな夢のような話、進めるに決まってるやないか」
「あなた、樋口さんを気に入ってましたもんね」
「若いのにしっかりしとるわ。最初見た時は頼りなさそうに思ったけど、彼の説明を聞いてると、わしらの工場のことを真剣に考えてくれてるのがわかったわ。うちの従業員とはえらい違いや、月とすっぽんやで」
「うちの従業員も一生懸命やってると思いますけど」
「ダメだダメだ、あいつらに辞めてもらってロボットに任せるんだよ。それがうちの工場のためだ」
「そうですかね、確かに樋口さんもいい人でしたけど、うちの従業員も根はいい子だと思いますけどね」
「根がよくても、あかんねや。タイガースの新外国人かって練習熱心で真面目やいうてるけど、勝負の世界やから結果出さんとあかんのや。わしらかて商売、ビジネスやから甘いことは言うてられへん。ダメなもんは切るしかないんや」
「そんなもんですかね」そういって正子は表情を曇らせた。
 正子は一ヶ月程前に新井と仕事の合間に話したことを思い出した。
「専務、うちの嫁さん、おめでた、なんですよ。俺、父親になるんですよ」新井が正子に相好を崩して報告してきた。
「うわー、おめでとう、新井くんが父親になるのか。じゃあ、しっかり稼がないといけないね」
「そうですね、産まれてくる子供のために頑張りますよ」
 正子は、もしロボット化になったら新井たちはどうなるんだろうと思った。そしてあの時の新井のうれしそうな表情が頭から離れなかった。

ロボット化の期待と不安

「大岩社長、お見積りと今後のロボットの導入スケジュールをお持ちさせていただきました」樋口がにこやかにあらわれたのは、大岩がロボット化に同意してから1週間後のことだった。
「樋口さん、まぁ座ってよ。それじゃあ、資料拝見させてもらうよ」
 大岩はソファにどっしりと座り体を預けた。樋口は背筋を伸ばしたままソファの端にチョコンと腰かけた。
「樋口さん、もっとリラックスしてよ。これから長い付き合いになるんだから仲良くやろうよ」大岩は相好を崩した。
「それでは」といって樋口はソファの背にもたれた。
 大岩は右手を正子の方にだしながら顎でデスクの引き出しを指し老眼鏡を取り出すよう要求した。正子は引き出しから老眼鏡を取り出して大岩に渡した。
「それじゃ、拝見するよ」
「はい、よろしくお願いいたします」
 正子は一旦席をはずし、お茶を運んできた。
「樋口さん、ご苦労様です」樋口の前に湯飲みを置きながらいった。
「専務、ありがとうございます」樋口は背筋を伸ばして頭を下げた。
 大岩は正子が湯飲みをテーブルに置く前に盆から湯飲みをとり、お茶を啜り見積もりに目を通した。
「初回導入の費用、だいぶまけてくれたね。タダみたいなもんじゃない。樋口さんいいのか?」
「今回の導入を弊社の成功例として営業活動に利用させていただく条件ではありますが……」
「あー、そんなこといってたね。いいよいいよ、ドンドン営業に利用してよ。その為には失敗は許されないな、ハハハ」
「大丈夫です。間違いなく成功します」樋口の瞳が眼鏡の奥で光った。
「わ、わしもそう思うわ」大岩は何の根拠もないが樋口の自信たっぷりな態度に圧倒され成功することを疑わなかった。
「大岩社長、今後のスケジュールのほうもご確認下さい。問題なければそれで進めてまいります」
 大岩は見積もり書をテーブルに置いて、もう一枚のスケジュールの用紙を手にとり視線を落とした。
「来週の木曜日にロボットの確認のために樋口さんの会社に行けばいいのかい」
「はい、ロボットが出来上がっておりますので、ご確認をお願いいたします。三人のロボットを予定しております」
「三人なんだ、三台じゃないのか」
「そうです。ロボットも従業員、人と同じように扱っていただければと思っております。なので出来ればロボットに名前をつけていただきたいのですが」
「ロボットに名前をつけるのか」
「絶対ではありませんが、お客様のほとんどはロボットに名前をつけております。そうすることで今後ロボットとのコミュニケーションがとりやすくなります」
「そうなんだ、じゃあ名前決めようか」
「よろしくお願いいたします。名前をロボットにインプットしますので、来週までに決めていただければと思っております」樋口は小さく頭を下げた。
 大岩は腕を組み天井を見上げたあと、満面の笑みを浮かべて樋口の顔に視線を向けた。
「もう決まったよ。バースとカケフとオカダで頼むよ」そういって両膝を叩いた。
「バースとカケフとオカダ……ですか?」樋口は怪訝な目で大岩を見た。
「そう、この三人に工場を任せれば大丈夫な気がしない?」
「あっ、ええ……、無知で申し訳ありません。この三人はどなたでしょうか」樋口が訊くと大岩は怪訝な表情をした。
「樋口さん、知らないの、大阪の人でしょ。この三人知らないとダメだよ。樋口さん、これまで完璧だったのに、はじめてダメなとこ見たよ」
「申し訳ありません」
「ハハハ、まあ、いいわ。とりあえずロボットはこの三人の名前にしておいて。樋口さんもこの三人の名前知っておいた方がいいよ。今教えてやってもいいけど自分で調べな。大阪人の常識だからな」
 その後も大岩はご機嫌そうにスケジュールに視線を落としていたが、『現従業員に解雇予告』という箇所を見て右眉がピクリと動いた。口が真一文字になり天井に視線をやった。新井たちが油まみれになり働いている姿が頭に浮かんだ。
「大岩社長、どうかされましたか」
「あっ、うん……いやね、今の従業員には辞めてもらわないといけないんだよな」
「もちろんです。そうしないことにはロボット化する意味がありません。一ヶ月半後にはロボット化が始動しますので、そろそろ解雇予告を出してもらわないといけません」
「今の従業員の今後の生活のことも心配でな。もうすぐ子供が出来て父親になる奴もいるんでな。辞めさせてもいいもんかなと思っちゃうな」大岩は後頭部をかきながらいった。
「後戻りはできません」樋口は表情を変えずに、そういって抑揚のない口調で話しを続けた。
「従業員の方も納得しますし、大丈夫です。きっとお互いのためになります。大岩社長が心配することではありません」樋口は話し終わると眼鏡に指を添えた。
 大岩は今頃になって疑問がわいてきた。他にたくさんの町工場があるのに、樋口は何故うちのような小さな工場に目をつけたのだろうか?うちの工場の作業内容や従業員のこともよく調べていたが、そこまでする価値が、この工場のロボット化にはあるのだろうか?初期費用もタダ同然まで値下げしてくれているが、こんなうまい話が本当にあるのだろうか?それと最初から自信に満ちあふれているし、解雇する従業員に対しても大丈夫だと言いきれる樋口という人物は、一体何者だろうか?
 樋口が帰ったあと、大岩は正子に樋口の名刺を出してもらうようにいった。
 正子から受け取った名刺を見ると『ロボット開発研究所 樋口信一』とあり下に連絡先だけが記載されていた。


樋口の本当の狙い

「とりあえず、乾杯しようか」新井がジョッキを持ち上げた。
「そうだね、すべてがうまくいきましたからね」樋口もジョッキを手にした。
「信一、今回はありがとうな。これで大岩さんの工場も安泰だ」
「こちらこそ、孝夫達がうちの会社に入ってくれる為なら、これくらいやらないと」
「信一からうちの会社に来てくれないかと言われた時は嬉しかったけど、大岩さんの工場が心配でな。俺たちが辞めたら、新しく人を雇わなければいけなくなるけど、なかなか人は集まらないだろうしな」
「僕は君たちのような優秀な人がうちにきてロボットの開発に取り組んでもらいたかっただけだよ。うちに来る条件が大岩さんの工場をロボット化してほしい、ということだから、それくらいはやらないとね。初期費用は君たちを引き抜けるならタダ同然でいいと思ったよ」
「俺たちとロボットのトレードみたいなもんやな」
「お互いにメリットのあるトレードだと思いますよ」樋口は眼鏡のふちに手をやった。
「でも、僕たちのトレード相手がバース、カケフ、オカダですから、すごいですよね」榎田がにこやかにいうと、金田が「そうですね、本物なら考えられませんね」といって笑った。
「バース、カケフ、オカダって大岩社長らしいな」新井は大岩社長がよく話していたバックスクリーン3連発の映像が頭に浮かんだ。
「ところで、そのバース、カケフ、オカダって誰なんですか」
「えっ、大岩社長に調べとくように言われたんじゃなかったのか」新井は樋口に向かってあきれたようにいって、樋口の顔にタバコの煙を吹きかけた。
「まあ、面倒になってね」樋口は煙を払いながらいった。
「ダメだよ、大岩社長、そういうの嫌うよ。今度、行くまでに調べておいたほうがいいぞ。あの親父、すぐに機嫌悪くなるからな」新井がタバコの灰を灰皿に落としながらいった。
「でも、大岩社長は優しい人だと思ったよ。最終確認の時、孝夫達に解雇予告を出す話しになったけど、すごく戸惑ってた。みんなの生活のことを心配してた。すごく愛情を感じたよ。専務は最初から、そんな印象だった。僕が来ると少し顔を曇らせてた」樋口が眼鏡を外し眼鏡に視線をやりながらいった。
「まっ、そんな優しさはあったな。なんか家族みたいだったからな。けど、俺たちのことより自分たちのこと心配しろよな」そういって新井は遠くを見た。樋口には新井の目が少し潤んでいるようにみえた。
「これからはロボットの開発で影ながら大岩社長を支えてあげてください。あなた方ならきっとすばらしいものを開発出来るはずです」
「当たり前だ。俺たちはバース、カケフ、オカダ以上なんだから」
 新井がテレビから流れるプロ野球中継に目をやった。
『オカダさん、今日はタイガース打線が爆発してますね。7回裏にはバックスクリーンに3連発も出ました。1985年を思い出しますね』
「俺たちもバックスクリーン3連発くらいやらないとな」榎田と金田の肩を叩きながら言った。
 そしてテレビから流れる六甲おろしを3人で立ち上がり肩を組んで合唱し始めた。樋口は恥ずかしく思いながらも黙って微笑みながら見ていた。

「よっしゃー、ええ勝ちかたや。バックスクリーン三連発や。タイガース打線が爆発したで」大岩もビールを片手に上機嫌で六甲おろしをテレビの前で歌っていた。