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人生も後半戦

人生も後半戦になったら、これまでの生き方に後悔することもあります。しかし、後悔しても仕方ない。この先楽しく生きるためにいろんなことに挑戦

僕、失敗しないんで

「ニシ、もっと飲めよ、ほら~、ヒック~」

 僕はグラスに残ったビールを飲み干して、新しいビールを注いでもらった。

「有難うございます。キタさん、ちょっと飲みすぎですよ、大丈夫ですか」

「大丈夫、大丈夫。すいませーん、ビール、もう一本」

「まだ飲むんですか」

「今日は、飲まずにいられるかっちゅうの~。ニシも俺の気持ち、わかってくれるよな」

「ええ、もちろんです。今日の事は、課長が卑怯だと思います」

「そうだよな、今回の企画は課長も乗り気だったんだぞ。部長が難色示した途端「私は全く関係ありません」みたいな態度とりやがって。全て、俺が勝手に進めたみたいになっちまったじゃねぇか。バカやろ~」

「キタさんが悪者みたいになっちゃいましたもんね」

「はい、お待ち」

 店員がビールを持ってきた。

「そうそう、それがわかってくれるニシ君が大好きなんだよ~。ヒック~」

 キタさんは、そう言った後、ビールを飲み干して、冷えたビールを手酌した。

「キタさん、ホント飲みすぎですよ。もう遅いですし、そろそろ帰りましょうよ」

「そうかぁ~、仕方ないなぁ~、この一本で、終わりな。ニシちゃんも飲めよ~、今日はありがとな、ニシちゃん。ヒック~」

「キタさん、ごちそうさまでした」

「おぅ、ニシちゃん、ありがとね~」

 もう1時か、明日も仕事なのに、キタさんに同情しなきゃよかったかな、失敗したな

 今日の午後からの会議でのこと、課長とキタさんが進めていた企画について、キタさんが企画の詳細を部長に説明していたのだが、部長からダメだしを連発されてしまった。

 キタさんは頭を下げて謝るばかり。キタさんの額からは、さほど暖房も効いていない会議室なのに、汗が吹き出ていた。

 課長はフォローするどころか、自分はこの企画には、ノータッチだったかのような態度をとり、キタさんに対して、批判的な質問をぶつけ出した。

 課長も少しは気まずさがあったのか、キタさんの顔を見ることなく下を向きながら質問していたが、質問の内容は手厳しいものだった。

 僕は課長に腹が立って、打ち合わせが終わってすぐにキタさんのところへ行った。

「キタさん、課長の態度、あれはないですよね」

「あぁ」

 キタさんは、うなだれて返事した。

「キタさん気にしないで良いと思いますよ。課長が悪いんですから。それに、あの企画はすごく面白いと思います。部長もあの企画の良さが解らないなんて残念です」

「ニシ、有難う。解ってくれるのは、お前だけだ。今日はおごるから、一杯付き合ってくれよ」

 あの時、キタさんに声かけなければよかったかな。今日も失敗ばっかりだな。後悔先に立たずだ。先に立ってくれれば、僕もキタさんも失敗しないで済んだのに。

 そんなことを考えている間に、僕はひどい睡魔に襲われて意識を失った。

「やぁ、今日も失敗ばっかりで、後悔してるようだね」

「えっ誰だよ」

「あーっ、ごめんごめん、申し遅れました。僕は明日の君だよ」

「明日の君って、明日の僕ってこと?」

「まぁ、そういうことになるね、君が「後悔先に立ってくれれば」なんて言ってたから、気になってね。僕が今日した失敗、君にとっては明日の失敗。それを伝えに来たんだ」

「明日の失敗?」

「そう、明日の失敗だよ、僕が今日経験した失敗を君に伝えておけば、君は明日、失敗しなくて済むだろ。だから、毎晩、君の夢に現れて、僕の今日の失敗を伝えに来ることにしたんだ」

「なるほど、君は明日の僕だから、明日の失敗が、前もってわかるって事か。後悔が先に立つことになるんだ」

「そういう事。じゃあ、さっそく明日、目を覚ましてからの失敗を報告するよ」

 そう言ってメモ帳を取り出した。

「ごめん、急だったもんで、しっかりメモがとれてないんだよ。始めてということで細かい事抜けてるかもしれないけど、勘弁して、明日からはバッチリメモとるから」

「わかった。僕も細かい事まで覚えられないし、大事な所だけでいいよ」

「そうかい、そう言ってくれると気が楽だよ。じゃあ始めるね。まず、朝起きたら二度寝してしまったんだ。それで二日酔いで苦しいのに駅まで走る羽目になったから、目を覚ましたら、すぐにシャワーを浴びたら良いよ」

「わかった、二度寝しないで、すぐにシャワーだね」

「それから……これは要らないかなぁ……これは要るかな」

 明日の僕は、何やら呟きながらメモに目を通していた。

「あっこれこれ、これ大事だ。今日の打ち合わせで、君は『D-1グランプリ』を提案しようと思ってるだろうけど、それは止めた方が良い。総スカン食らうだけだから。課長の郷土料理企画に乗っかっておいた方が良い」

「えっ、ウソ。ダメなの」

「そう、ダメなんだ」

 明日の打ち合わせでは、ショッピングセンターのイベント企画を各自が提案する予定だ。僕は人気がある『B-1グランプリ』のデザートバージョン『D-1グランプリ』を提案しようと考えていたのだが、ダメなようだ。ショックだけど、総スカン食らう事が、先にわかっただけ良かったのかもしれない。

「それから、今日は『ちゃんぽん亭』休みだから気を付けて。僕は今日休みだったこと忘れて行ってしまったよ」

『ちゃんぽん亭』とは、昼食によく利用している中華料理屋で安くて美味しい。定休日が無くて、次の休みを店内に貼っているのだが、それを忘れて行ってしまうことがよくある。これは、そんな重要な失敗でもないような気もするんだけど、まぁいいか。

「『ちゃんぽん亭』閉まってたから、隣の『グリル一平』に行って、オムライスを注文して食べてたんだけど、隣の人のミックスランチが美味しそうでミックスランチにすれば良かったと思ったよ。だから今日のお昼は『グリル一平』のミックスランチで決まりだと思うよ」

 これも、さほど重要な気はしないのだが……。

「昼から商談が入ってたよね」

 確か、ナンデモ物産との商談が入っていたな。

「新商品を案内に来たんだけど、大したことないから、早めに断っといた方が良いよ」

 そういえば電話では「イチオシの商品がありますから」て言ってたなぁ。そうでもなかったんだ。

「僕は興味があるようなフリをしてしまったから、グイグイと押されて、その場で断れなくなっちゃったよ。「また上と相談してから次回返事します」て言っちゃったけど、お互い時間のムダになっちゃうから、ハッキリ断ってあげて、その方がお互いの為だよ」

断るの苦手なんだよな、電話でもグイグイ来てたもんな。でも確かに、引っ張ってもお互い時間のムダになるから、丁重にお断りしよう。

「仕事から帰って、夜9時半頃にミサキから電話があったんだけど、お風呂に入っていて、出れなかった。後でかけ直したけど、ミサキがすごく機嫌悪くなってたよ。9時半位はお風呂に入らないでミサキの電話を待ってた方が良いよ。電話の内容だけど、その時間にテレビで地元のラーメン屋が紹介されてて、次の休みに一緒に行きたいって事だったから、そのテレビも見ておいた方が良いと思うよ」

 ミサキは一年程前から付き合っている彼女だが、ちょっとわがままな彼女だ。

 お風呂入る時間くらいは、ずらしても良いか。

「まぁ、こんなところかな。今日、そんな重大な失敗は無かったと思うよ。安心して」

「有難う。起きたらさっそく始めるよ。まずは二度寝しないでシャワーだったね」

 僕は目を覚ました。確かに二度寝したい気分だったが、言われた通り、すぐに起きてシャワーを浴びた。

 その後も職場で失敗しないように、明日の僕に夢で忠告された通りに実行した。

 打ち合わせでは、『D-1グランプリ』は封印して課長の企画に乗っかった。みんなも乗っかって、課長はえらいごきげんだった。

 お昼は「グリル一平」でミックスランチを食べた。少し贅沢だったけど美味しかった。

 商談では、うちには合わない事を伝えて、丁重にお断りした。先方も「残念ですが、又、新商品があれば提案させて下さい」と快く言ってくれた。

 無事に仕事も終わり自宅に帰った。

 後は、地元のラーメン屋が紹介される番組を見て、9時半のミサキの電話を待つだけだ。

「じゃあ、今度の日曜日に迎えに行くよ。美味しそうなラーメンだったね」

 ラーメンを食べに行く約束もしたし、お風呂に入って、ゆっくりしよう。

 僕は足も伸ばせない湯船で、失敗の無い今日を振り返ってみた。

「失敗は無かったんだけど、なんか物足りないなぁ」

「やぁ、約束通り、今日も来たよ。僕の言った通りだったろ」

「そうだね、本当にその通りで驚いたよ。有難う。助かったよ」

「本当に助かったって思ってる?」

「……えっ……、どういうこと?」

「僕から言い出した事なのに、こんな事言って悪いんだけど、あまり助かってなかったんじゃないかな。今日は楽しくなかったんじゃない?」

「うーん、まぁ、確かに物足りなかったような気はしたよ」

「そうだろ、何が失敗かって、本当はわからないものかもしれない。失敗は決めつけるものじゃないんだ。失敗だと決めつけて避けてると楽しくなくなるんだよ」

「……なるほど」

「実は、今日、君にとっては、明日だけど、ちょっと面白いことがあったんだ」

「面白いこと、何だよ」

「興味ある?」

「面白いことなら興味あるに決まってるよ、焦らすなよ」

「二つあるんだけど、どっちから話そうかなぁ」

「どっちからでもいいよ」

「じゃあ、まず『D1-グランプリ』の件だけど、あれ封印して課長の企画に乗っかっただろ」

「君がそうしろって言ったから」

「そう、僕が言ったんだけど、実は部長が課長の郷土料理の企画以外に、何も無いのかって話しになって、それで思いきって部長に『D-1グランプリ』を話してみたんだ。そしたら、部長が興味もってくれて「なんで、もっと早く言わないんだ」て言われたよ」

「部長が『D-1グランプリ』興味もってくれたんだ」

「それと二つ目だけど、キタさんの企画の件、部長は、あの企画に興味をもってたみたい。あの時、部長はダメだししたんじゃなく、詳しく聞き出したかったみたい」

「へぇー、キタさん、良かったじゃん」

「そう、メチャクチャ喜んでた。で、部長からゴーサインが出て企画を本格的に進めるんだけど、キタさんが部長に、今回の企画に僕が協力的だったんで、一緒にやりたいって言ってくれたんだ」

「キタさんのあの企画、一緒に出来るんだ、よーし頑張るぞ」

「そうだろ、だからあの時、キタさんに声掛けたのも失敗じゃなかったんだよ。キタさん、すごく僕に感謝してくれて、僕の企画も応援するって言ってくれた」

「だから、勝手で悪いけど、失敗を伝えに来るの、やめることにした。失敗しないとわかってると、楽しくないし、失敗する事は悪い事じゃないんだよ。きっと僕たちは、失敗しないと、刺激も成長も無くなるんだよ。それに今回の件でわかったんだけど、何が失敗かなんてわからない。その後の展開次第で変わっちゃうんだよ」

 そうだよな、僕が失敗だと決めつけなければ、失敗じゃないんだ。

 よし、決めた、今日から僕は、何があっても失敗と決めつけない。

 そう、これからは、僕、失敗しないんで。