クライマーズハイ 横山秀夫
ありがとう。そのひと言が言えたなら、この先ずっと、誇れる自分でいられたろうに。同じ場面を与えられることは二度とない。その一瞬一瞬に、人の生きざまは決まるのだ。
「言葉ってものは怖いもんだぞ。案外、活字よりも心に残ったりするからな」
淳が……。俺のために……。
悠木は熱い息を吐き出した。
指を動かしてみた。
拳を握った。痛いほどに力がこもった。
心とか、気持ちとかが、人の全てを司っているのだと、こんな時に思う。
下りるために登るんさ
安西の言葉は今も耳にある。だが、下りずに過ごす人生だって捨てたものではないと思う。生まれてから死ぬまで懸命に走り続ける。転んでも傷ついても、たとえ敗北を喫しようとも、また立ち上がり走り続ける。人の幸せとは、案外そんな道々出会うものではないだろうか。クライマーズ・ハイ。一心に上を見上げ、脇目も振らずにただひたすら登り続ける。そんな一生を送れたらいいと思うようになった。