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人生も後半戦

人生も後半戦になったら、これまでの生き方に後悔することもあります。しかし、後悔しても仕方ない。この先楽しく生きるためにいろんなことに挑戦

小説を読もう「シグナル 関口尚」の言葉表現

関口尚のシグナルの表現をまとめただけの資料です。

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シグナル 関口尚


商品説明
映画館でバイトを始めた恵介。そこで出会った映写技師のルカは、一歩も外へ出ることなく映写室で暮らしているらしい。なぜ彼女は三年間も閉じこもったままなのか? 「ルカの過去について質問してはいけない」など三つの不可解な約束に困惑しながらも、恵介は固く閉ざされたルカの心の扉を押し開いていく。切なく胸を打つ、青春ミステリ感動作。

「じゃあ、次は二号機いってみようか」
ルカが顎をしゃくって二号機を指す。

「ばか」
いきなり後頭部に衝撃が走った。鼻の頭が映写窓のガラスにぶつかる。
「なにするんですか」
振り返ると、ルカの右手が手刀の形を取っていた。

「ねえ、恵介」
ルカはぼくに一瞥(いちべつ)をくれてから、毅然とした顔をつくる。

エンジ色のカバーがかけられた座席は、スプリングが錆びているようで、ぎしりと痛々しい悲鳴をあげた。

「君、いくつ」
「二十一です」
「学校に行ってるの」
「一応、大学生です」
「じゃあ、駄目だ」
残念そうに南川が笑う。そしてぼくが問う前に理由を述べた。
「時給と就業時間はそこに書いてある通り。けどね、毎日来てもらわなくっちゃ駄目なんだよ」

実はな、と前置きしてから南川さんが言ったことは、要約すると、このようなことだった。

「必ず守ってもらわなければならない約束なんだけど、いいかな?」
時給千五百円。自分に言い聞かせて頷いた。
「ひとつ、あいつの過去について質問をしちゃいけない。いっさい駄目だ。うちの従業員の誰に対しても駄目だからな」
「どうしてですか」
「ともかく興味を抱かなきゃそれでいいんだから」
あしらうだけの答えが返ってきた。

「どうして、ずっと銀映館にこもってるんですか。もしかして三年前になにかあったとか」
キーワードは三年前。ぴんときたぼくは尋ねてみた。すると抑揚のない声が返ってきた。
「約束のひとつめ」
「はい?」
「だからさ、あいつの過去について訊いちゃ駄目だって言っただろ」

「大丈夫?守れるかい」
「まあ、頑張ってみます」
自信なくあやふやに答えると、急に南川さんの目が険しくなった。
「それじゃ駄目なんだよ」
どちらかというと物腰のやわらかな人だとばかり思っていたので驚いた。ぼくは弾(はじ)かれたように答えた。
「守ります。ちゃんと約束は守ります」

映写室の入口の反対側に、さらに鉄製の扉があった。南川さんはその扉を開けて進んでいく。続いていくと、そこはコンクリート打ちっ放しの壁が続く細長い廊下だった。長さは十メートルくらいで、明かりは途中に蛍光灯がひとつだけ。蛍光灯は切れかかっているのか、つっかえつっかえの明滅を繰り返していてうすきみわるい。

「あいつは、こんなところで三年も暮らしてるんだよ」
その口調には、さびしげな響きがあった。

ルカは値踏みするような、無遠慮な視線をよこしてきた。数秒後、細い腕がすっと伸びてきた。身構えると、それは握手を求めてのことだった。

ルカは軽く手を上げて微笑んだ。その笑みのかわいらしさに、心臓がぐんと高鳴る。まだ半分眠っていた頭がしっかり覚醒する。

それではまるで一日に一ピースしか与えられないジグソーパズルをしているかのようで、なんともいえないフラストレーションが溜まっていく。

「ピントも音も、映写窓を開けてチェックした?」
「しました」
振り向くと、ルカがよろしいとばかりに頷いていた。

ルカはすらりとした体をしていた。腰のくびれから下へと流れていく曲線は、ほとんど膨らむことなく足へと続いている。

「そろそろひとりで架け替えやってみる?」
ルカが首をかしげつつ、幼い子に尋ねるみたいに訊いてきた。
「いや、まだ無理ですよ」
慌てて首を振った。ついでに手まで振って断る。

「冗談よ。恵介ひとりに任せるはずじゃない」
ルカは冷ややかな瞳でぼくを一瞥(いちべつ)したあと、手にしていたジャスミンティーの缶をぐびりとあおった。

空っぽになっていた実家の自分の部屋に、布団を敷いて寝る。がらんとしてなにもないさびしさに、身悶えそうになる。

天井の木目をじっと目でなぞっていると、東京での日々がまるで嘘のように思えてくる。みっつのバイトをかけ持ちして馬車馬のごとく働き、大学の講義室では眠らないようにと机に齧(かじ)りつき、残されたわずかな時間で付き合っていた彼女とドライブへ行った。あの東京での日々は、現実にぼくの身に起こったことなのだろうか。

ノックもせずに春人が部屋に飛び込んできた。ぼくの足元にあぐらをかいて腰を下ろす。