死神の精度 伊坂幸太郎 (著)
「俺は人を殺しに行くんだぞ」
「ああ、それか」
「ああ、それか」森岡は眩暈(めまい)を感じるかのように、黒目を忙(せわ)しなく動かした。「何だよそれ。あんた、驚かねえのか?」
「ああ、それか」
「ああ、それか」森岡は眩暈(めまい)を感じるかのように、黒目を忙(せわ)しなく動かした。「何だよそれ。あんた、驚かねえのか?」
「子供の頃、お前を逃がしてくれた。それ以降、深津とは、会っていないのか?」
「当たり前だろうが」と森岡は声を荒らげたが、すぐに、甦った記憶があるのか、「いや、一度」と言い直した。
「当たり前だろうが」と森岡は声を荒らげたが、すぐに、甦った記憶があるのか、「いや、一度」と言い直した。
「何すんだ、危ねえじゃねえか。急に止まるんじてえぞ」坊主頭は雨を弾かんばかりの、大声を出す。
拳を振った。坊主頭の顎に当てる。ぱちんと肉と肉のぶつかる音が響いた。
やがて「お袋が敵だとは思わなかったな」と森岡が言った。水位の上がった池から、やむを得ず水がはみ出すかのように、自然と口から漏れた、という具合だった。
舌を鳴らす。「これは」とフォークに刺した肉を頬張り、「やばいくらいに」と顎を動かし、「うますぎる」と飲み込んだ。
忙しく咀嚼しながら、小刻みにうなずいている。
忙しく咀嚼しながら、小刻みにうなずいている。
警戒心のみなぎった声が聞こえた。これ以上の何かがあったら今すぐ飛びかかるぞ、というあからさまな威嚇が込められていた。
オーナー夫妻が見送りに来た。のんびりした彼らは、「今日はどこに行かれるんですか?」と声を合わせて、訊ねてきた。
私と森岡は不器用に頭を下げ、背を向けようとした
「そ」と森岡はつっかえながら、「そうなのか」と言った。
確かに、両隣に並ぶ車たちに比べれば、ひときわ小さかった。肩をすぼめてるような、小さいながらに胸を張るような、そういう車体に見える。
「喋らないで切ったよ。電話じゃ殺せねえだろ」森岡の言い方は淡々としていたが、どこか、ささくれ立った樹皮を思わせる。
「あんたさ、ほんとロックが好きなんだな」
「ロック?」
「にやにやしながら、聴いてるじゃねえか」森岡はラジオを見て、下顎を出す。
「ロック?」
「にやにやしながら、聴いてるじゃねえか」森岡はラジオを見て、下顎を出す。
森岡は靴を脱ぎ、足をダッシュボードに載せ、膝を折った。背もたれを少し倒すと、両腕を組んで、「眠ってもいいか」と言った。
車を降りた森岡は、大きく伸びをした。上半身と下半身の継ぎ目を確かめるかのように、身体を捻っている。
十和田湖に向き直ると、細い目でその景色を眺めていた。まるで湖の姿に文章でも書いてあり、それを読んでいるのか、と思えるほどじっくりと向かい合っていた。
「深津はいたのか?」私が訊ねると、森岡の眉が動いた。唇と頬がまた、痙攣している。
死神の精度 伊坂幸太郎 (著)