一メートルほどの間隔を置いて向き合うと、彼の怒りがはっきりと、熱のように伝わってくる。
「だったら抜ければいいじゃないですか。自分から手伝いたいといっておいてきて、活動にケチをつけるって、どういうこと?」松本敬子の口調は尖り、目尻が吊り上げってきた。
怒りで頬の肉が引きつるのを堪えながら、星野は笑みを浮かべた。
「お嬢さんは脳死判定を受けていません」
「何? 都合が悪いの?」真緒の声が不機嫌そうに尖った。
血走った目で湧き起こる感情を懸命に堪えている。
「急ぎなんですか?」
「そう。だって聞いたでしょ? 部長、明日の昼から出張だって」
直美は、喉の奥から酸っぱいものがこみ上げてきた。自分でやってくださいと言いそうになるが、もちろんそんな勇気はない。
胸の中では灰色の気持ちが渦巻いていた。ちょっと油断すると、すべての生気が深い闇に引き込まれてしまいそうだ。今日は雲ひとつない晴天だったので、その対比が直美をますます暗澹たる気分にした。
「用は?」冷静に、冷静に、そう自分に言い聞かせた。胸の奥で産まれた種火が血管を焼き破り、血流に乗って体中を巡りはじめていたからだった。
湧き上がるどす黒い憤怒を必死で抑えた。
息を吐いて胸の中に生まれた炎鎮めた。
ヘルメットの下に目が隠れていたが、内心の不満が、捻じ曲がった唇に噴き出していた。
「それは分かってるけど……」不満そうに、沢崎が語尾を押し潰した。
何を考えてるんだと思った途端、怒りがはっきりと矛先を尖らせる。
こめかみに青筋を立てて吐き捨てるように言った。
「あんな酔っぱらいのせいで、貴重な夏休みを台無しにされてたまるかよ」
内側の苛立ちを丸めて吐き捨てるように言った。
胸の底から湧き上がってくる激情を抑えるのに必死だった。
「藤崎は退院している」
その言葉を聞いて、からだの中に電気のようなものが駆け巡る。腹の底からどす黒い感情がこみ上げてきた。
さすがに返す言葉がなかった。とはいえ、謝るような気持ちは湧いてこない。やすりで引っかくような彼の言い方に、感情が波打っている。