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主に私が作成した超短編小説(ショートショート)を記事にします。ほかにお気に入りの小説を紹介します。

超短編小説 ロボット化計画

 新井孝夫は最終電車に乗って、つり革にぶら下がるように掴まりうなだれていた。うなだれているが落ち込んでいるわけではない。どちらかというと喜んでいた。少し頭がクラクラしていたが意識もしっかりしている。結婚してからは飲みに行く機会も酒の量も減っていたのだが、今日は学生時代の親友、信一に誘われて話しが盛り上がり飲みすぎ、酔っぱらったせいでうなだれていただけだ。
 信一と会うのは三年ぶりだったが、その間に孝夫は結婚、職場の倒産、再就職と人生の大きな変化を経験していた。これからの人生に不安を感じていた孝夫にとって学生時代に悩みを相談し合ったり夢を語り合った信一に会えるのは楽しみで仕方なかった。

「孝夫、ひさしぶり、元気にしてたのか」
「おう、元気だ。信一こそ元気そうだな」孝夫は大きく口をあけてこたえた。信一は右の口角を少しあげていた。
 二人は大学の頃によく通ったチェーン店の居酒屋で会っうことにした。孝夫は信一に会った瞬間、三年のブランクも感じないで大学の頃にもどったように錯覚してしまった。
「急に呼び出すからびっくりしたわ。どうしたんだ?信一もついに結婚でもするのか?」
 信一は唐揚げを口にほおばったまま右手を何度も横に振った。唐揚げのせいで言葉が出ない。
「ちがうのかよ」孝夫が言うと信一は頷いた。
 信一は唐揚げをビールといっしょに飲み込んでから、ひと呼吸おいて話しだした。
「実は、ちょっと仕事のことで悩みがあってね。孝夫は学生の頃から優秀だったから助けてほしいんだ」
 悩みがあるという信一だが、表情はやけに明るい。孝夫に向ける目には輝きがあった。大学の頃、ここで夢を語っていた時と同じ目をしていた。
「ふん、嫌みかよ。俺が優秀なわけないだろ。お前の方が成績は良かったじゃねえか。俺なんて就職した会社が結婚した途端に倒産して、今はちっちゃな町工場で働いてるんだぜ。この先不安だらけだよ。こっちが悩み聞いてほしいよ」そういってくわえたタバコに火をつけて天井にむかって、ため息といっしょに煙をはいた。
 孝夫は、天井にむかう煙が広がりながら消えていくのを見て、俺の不安もこんな風に消えないかなと思った。
「フフフ」信一は、孝夫のその姿を見て不敵な笑みを浮かべた。
「あいかわらず、気持ち悪いやつだな。まあ俺が役に立つとは思わないけど悩み聞いてやるよ。お前は、どうせ悩みを相談できるような友達もいないんだろうからな」
 今度はタバコの煙を信一に吹きかけてからタバコを灰皿に押し付けた。
「ありがとう、やっぱり孝夫は変わってない。そういうとこがいいんだよ」信一はタバコの煙を払い、むせながら孝夫に笑みを見せた。



「昨日のタイガースは、ほんまに打てへんかったな。ストレス解消のつもりのプロ野球観戦がストレス貯まる一方やったわ」3人の中で一番先輩の新井孝夫がそういって100円ライターでタバコに火を点けた。
「助っ人外国人は打たないですし、期待の若手もピリッとしませんもんね」小柄で愛嬌のある榎田は缶コーヒーを口にしながら新井に返した。
「ほんま、高い金払ってんのに全く打たんわ。ピッチャーもビビってストライク入らんし、どうしたら阪神は強くなるんやろか」新井はタバコの煙をフーッとはきながら、少し出てきたお腹を押さえた。
「新井さん、社長がこっち睨んでますよ」三人の中で一番背の高い金田が新井と榎田の背後に視線を向けていった。
「あっ、ほんまやな。なんか言いたそうな顔しとるな。口動かさんと手を動かせ、とか思ってる顔やな。安月給で働いてるんやから、これくらいの休息ええやないか。なぁ……」新井がチラッと後ろを振り返り、顔をしかめていった。
「本当ですね、でも仕事にもどりましょうか。ガミガミ言われるのも嫌ですし」榎田がコーヒーを飲み干した。
「そうやな、ムカつくしな」新井はタバコを深々と吸ってから灰皿に押し付けた。


 社長の大岩源太郎は仕事もせずに無駄話ばかりしている新井と榎田、金田らを腕を組んで睨み付けていた。
「ほんまに、あいつらのせいでこの工場はつぶれてしまうわ」そう呟いた。
「あんた、怖い顔してどうかしましたか」妻で専務の正子が訊いた。
「どうかしましたか、やないわ。あいつら仕事もせんとさぼってばっかりなんや。阪神の助っ人外国人や若手のこと言う前にあいつらがしっかり仕事せえ、言いたいわ。高い給料払ってんのに大した仕事しとらんわ」大岩の眉間のシワが深くなった。
「最近の若い子はこんなもん違いますか」正子は眉をハの字にして言った。
「そんなことで済まされへんのや。取引先からは納期を早めろ、不良品を無くせ、価格を下げろとひっきりなしに言われてんのや。このまんまじゃ、この工場がつぶれるわ」大岩は声を荒げた。
「あっ」そういって正子が手を合わせて話しを続けた。「昨日、社長が外出してからお客様来られて、さっき言うてたような悩みが解決できますよ、みたいなこと言うて資料と名刺おいて帰りはったわ。ちょっと待って、取ってくるわ」正子は事務所に入り、伝票に埋もれてしまっていた資料と名刺をさがしだして大岩に手渡した。
「なんや、ロボット化でこれまでの悩みはなくなります、やて」
 大岩は正子から手渡された資料の表紙に書いてある見出しを読み上げた。
「担当の人、樋口さんやったかな、きっと社長さんのお役に立てますので連絡下さい、そう言うて帰りはったわ」
 大岩は資料を見ながら事務所に入り、デスクに腰かけると引き出しから老眼鏡を取り出した。
「なになに、納期の遅れや不良品の回収、従業員の確保や育成でお悩みの工場経営者の方に朗報やと、ほんまかいな」大岩は疑りながらも派手で光沢ある資料のページをめくった。ページがすすむにつれて大岩の口元はほころんでいった。最後まで読み終わると老眼鏡を外し正子に向かって叫んだ。
「こりゃ、いいぞ専務。すぐにこの樋口さんに連絡してくれ」


「この度は弊社の『ロボット化による経営状況改善提案』にご興味をお持ちいただきましてありがとうございます」樋口が大岩の前に現れたのは、二日後のことだった。細身の体に紺のスーツ、就活中だと言われると、そのようにも見える樋口だが、大岩にたいして微笑む姿は、それとは違う、自信や凄みを感じさせていた。
「お待ちしてました。名刺は前にもらったからいいよ」そういって大岩が右手を差し出した。樋口は出しかけた名刺をひっこめ右手を出した。大岩の黒く大きな右手が樋口の青白く細い右手を包み込んだ。大岩は樋口の顔を品定めするように見た。眼鏡の奥の瞳に外見の弱々しさとは違うものを感じた。
「さっそく、ロボット化の話を詳しく聞かせてくれるかな」そういってソファに勢いよく腰を下ろし、樋口にも座るように右手で促した。
「あっ、はい。失礼いたします」樋口はソファに腰を下ろし背筋を伸ばした。
「わざわざ来てくれてありがとう。じゃあ、聞かせてくれるか」大岩は背もたれに預けていた体を起こし両膝に手をついた。
 一呼吸おいてから樋口が口を開いた。
「大岩様の工場のロボット化について具体的にまとめてまいりました。こちらがその資料になります。それとこちらの資料とDVDはこれまでに導入いただきました工場経営者様の成功例をまとめたものです。ご参考になると思います」樋口はそういってテーブルに資料やDVDを並べた。
 その後、樋口は大岩の工場のロボット化することのメリットについて説明した。今なら初期投資を大幅に引き下げられること、ランニングコストも人件費より下がること、作業スピードは1.5倍になること、不良品を出すことがなくなること、ロボット自らが学習してスキルを上げていくこと、文句を言わない、サボらないことなどについて、こと細かく説明をした。それらを聞いた大岩は夢のようだと思った。
「うちの工場のこと、よく調べているんだな。大したもんだ。君の言う通りにやるとうまくいきそうだ。君はすばらしい」大岩はそういって樋口の肩を何度も叩いた。
「恐縮です」そういって樋口は頭を下げた。


『タイガースは今日もあと一本が出ませんでした。これで引き分けをはさんで5連敗です。オカダさん、タイガースこれで4位Bクラスに転落ですが』
『なんか、こう、小さくなりすぎてるんよね』
 大岩はテレビから流れるプロ野球中継をきいて眉間にシワを寄せていた。
「あー、また負けたわ。弱すぎるから応援する気がなくなるわ。もう応援せえへんぞ」
 大岩はビールをグイッと飲んだ後、テレビに向かって叫んだ。
「今は調子が悪いだけやから仕方ないわ。そのうちに調子も上がってきて勝つようになりますよ」正子がいった。
「ふん」大岩は鼻を鳴らして、残りのビールを飲み干した。
「ところで、樋口さんの話はどうするんですか」
「ロボット化の話か。あんな夢のような話、進めるに決まってるやないか」
「あなた、樋口さんを気に入ってましたもんね」
「若いのにしっかりしとるわ。最初見た時は、頼りなさそうに思ったけど、彼の説明を聞いてると、わしらの工場のことを真剣に考えてくれてるのがわかったわ。うちの従業員とはえらい違いや、月とすっぽんやで」
「うちの従業員も一生懸命やってると思いますけど」
「ダメだダメだ、あいつらに辞めてもらってロボットに任せるんだよ。それがうちの工場のためだ」
「そうですかね、確かに樋口さんもいい人でしたけど、うちの従業員も根はいい子だと思いますけどね」
「根がよくても、あかんねや。阪神の新外国人かって練習熱心で真面目やいうてるけど、勝負の世界やから結果出さんとあかんのや。わしらかて商売、ビジネスやから甘いことは言うてられへん。ダメなもんは切るしかない」
「そんなもんですかね」そういって正子は表情を曇らせた。正子は一ヶ月程前に新井と仕事の合間に話したことを思い出した。
「専務、うちの嫁さん、おめでた、なんですよ。俺、父親になるんですよ」新井が正子に相好を崩して報告してきた。
「うわー、おめでとう、新井くんが父親になるのか。じゃあ、しっかり稼がないといけないね」
「そうですね、俺も産まれてくる子供のために頑張りますよ」
 正子は、もしロボット化になったら新井たちはどうなるんだろうと思った。そしてあの時の新井のうれしそうな表情が頭から離れなかった。


「大岩社長、お見積りと今後のロボットの導入スケジュールをお持ちさせていただきました」樋口がにこやかな表情であらわれたのは、大岩がロボット化に同意してから1週間後のことだった。
「樋口さん、まぁ座ってよ。それじゃあ、資料拝見させてもらうよ」
 大岩はソファにどっしりと座り体を預けた。樋口は背筋を伸ばしたままソファの端にチョコンと腰かけた。
「樋口さん、もっとリラックスしてよ。これから長い付き合いになるんだから仲良くやろうよ」大岩は相好を崩した。
「それでは」といって樋口はソファの背にもたれた。
 大岩は右手を正子の方にだして老眼鏡を取り出すよう要求した。正子は引き出しから老眼鏡を取り出して大岩に渡した。
「それじゃ、拝見するよ」
「はい、よろしくお願いいたします」
 正子は一旦席をはずし、お茶を運んできた。
「樋口さん、ご苦労様です」樋口の前に湯飲みを置きながらいった。
「専務、ありがとうございます」樋口は背筋を伸ばして頭を下げた。
 大岩は正子が湯飲みをテーブルに置く前に盆から湯飲みをとり、お茶を啜り見積もりに目を通した。
「初回導入の費用、だいぶまけてくれたね。タダみたいなもんじゃない。樋口さんいいのか?」
「今回の導入を弊社の成功例として営業活動に利用させていただく条件ではありますが……」
「そんなこといってたね。いいよいいよ、ドンドン営業に利用してよ。その為には失敗は許されないな、ハハハ」
「大丈夫です。間違いなく成功します」樋口の眼鏡の奥で瞳が光った。
「わ、わしもそう思うわ」大岩は何の根拠もないが樋口の自信たっぷりな態度に成功することを疑わなかった。
「大岩社長、今後のスケジュールのほうもご確認下さい。問題なければそれで進めてまいります」
 大岩は見積もり書をテーブルに置いて、もう一枚のスケジュールの用紙を手にとり視線を落とした。
「来週の木曜日にロボットの確認のために樋口さんの会社に行けばいいのかい」
「はい、ロボットが出来上がっておりますので、ご確認をお願いいたします。三人のロボットを予定しております」
「三人なんだ、三台じゃないのか」
「そうです。ロボットも従業員、人と同じように扱っていただければと思っております。なのでロボットの名前も決めていただきたいのですが」
「ロボットに名前もつけるのか?」
「絶対ではありませんが、お客様のほとんどはロボットに名前をつけております。そうすることでロボットとのコミュニケーションがとりやすくなります」
「そうなんだ、じゃあ名前決めようか」
「よろしくお願いいたします。名前をロボットにインプットしますので、来週までに決めていただければと思っております」樋口は小さく頭を下げた。
 大岩は腕を組み天井を見上げたあと、満面の笑みを浮かべて樋口の顔に視線を向けた。
「いや、もう決まったよ。バースとカケフとオカダで頼むよ」そういって両膝を叩いた。
「バースとカケフとオカダ……ですか?」樋口は怪訝な目で大岩を見た。
「そう、この三人に工場を任せれば大丈夫な気がしない?」
「あっ、ええ……無知で申し訳ありません。この三人はどなたでしょうか」
「樋口さん、知らないの、大阪の人でしょ。この三人知らないとダメだよ。樋口さん、これまで完璧だったのに、はじめてダメなとこ見たよ」
「申し訳ありません」
「ハハハ、まあ、いいわ。とりあえずロボットはこの三人の名前にしておいて。樋口さんもこの三人の名前調べておいた方がいいよ。大阪人の常識だよ」
 その後も大岩はご機嫌そうにスケジュールに視線を落としていたが、『現従業員に解雇予告』という箇所を見て右眉がピクリと動いた。口が真一文字になり天井に視線をやった。新井たちが油まみれになり働いている姿が頭に浮かんだ。
「大岩社長、どうかされましたか」
「あっ、うん……いやね、今の従業員には辞めてもらわないといけないんだよな」
「もちろんです。そうしないことにはロボット化する意味がありません。一ヶ月半後にはロボット化が始動しますので、そろそろ解雇予告を出してもらわないといけません」
「今の従業員の今後のことも心配でな。もうすぐ子供が出来て父親になるやつもいるんでな、辞めさせてもいいもんかなと思っちゃうな」大岩は後頭部をかきながらいった。
「後戻りはできません」樋口は表情を変えずに、そういって抑揚のない口調で話しを続けた。
「従業員の方も納得しますし、大丈夫です。きっとお互いのためになります。大岩社長が心配することではありません」樋口は話し終わると眼鏡に指を添えた。
 大岩は今頃になって疑問がわいてきた。他にもたくさん町工場はあるのに、樋口は何故、うちのような小さな工場に目をつけたのだろうか?うちの工場の作業内容や従業員のこともよく調べていたが、そこまでする価値が、この工場のロボット化にはあるのだろうか?初期費用もタダ同然まで値下げしてくれているが、こんなうまい話が本当にあるのだろうか?それと最初から自信に満ちあふれているし、解雇する従業員に対しても大丈夫だと言いきれる樋口という人物は何者だろうか?
 樋口が帰ったあと、正子に樋口の名刺を持ってきてもらった。
名刺には
『ロボット開発研究所 樋口信一』
とあり下に連絡先だけが記載されているだけだった。



「とりあえず、乾杯しようか」新井がジョッキを持ち上げた。
「そうだね、すべてがうまくいきましたからね」樋口もジョッキを手にした。
「信一、今回はありがとうな。これで大岩さんの工場も安泰だ」
「こちらこそ、君たちがうちの会社に入ってくれる為なら、これくらいやらないと」
「信一からうちの会社に来ないかて言われた時は嬉しかったけど、大岩さんの工場が心配でな。俺たちが辞めたら、新しく人を雇わなければいけなくなるけど、なかなか人は集まらないだろうしな」
「僕は君たちのような優秀な人がうちにきてロボットの開発に取り組んでもらいたかっただけだよ。うちに来る条件が大岩さんの工場をロボット化してほしい、ということだから、それくらいはやらないとね。初期費用は君たちを引き抜けるならタダ同然でいいと思ったよ」
「俺たちとロボットのトレードみたいなもんやな」
「お互いにメリットのあるトレードだと思いますよ」
「でも、僕たちのトレード相手がバース、カケフ、オカダですから、すごいですよね」榎田がにこやかに言った。
「そうですね、本物なら考えられませんね」金田も笑った。
「バース、カケフ、オカダって大岩社長らしいな」
 新井がタバコに火を点けながらいった。
「ところで、その三人は誰なんですか」
「えっ、大岩社長に調べとくように言われたんじゃなかったのか」
「まあ、面倒になって」樋口が頭をかいた。
「ダメだよ、大岩社長、そういうの嫌うよ。今度、行くまでに調べておいたほうがいいぞ。あの親父、すぐに機嫌悪くなるからな」新井がタバコの灰を灰皿に落としながらいった。
「でも、大岩社長との最終確認の時、君たちに解雇予告を出す話しになったけど、すごく戸惑ってた。君たちのことを心配してた。愛情を感じたよ。専務は最初から、そんな印象だった。僕が来ると少し顔を曇らせてた」樋口が眼鏡を外し眼鏡に視線をやりながらいった。
「まっ、そんな優しさはあったな。なんか家族みたいだったからな。けど、俺たちのことより自分たちのこと心配しろよな」樋口には新井の目が少し潤んでいるようにみえた。
「これからはロボットの開発で影ながら大岩社長を支えてあげてください。あなた方ならきっとすばらしいものを開発出来るはずです」
「当たり前だ。俺たちはカケフ、バース、オカダ以上なんだから」
 新井がテレビから流れるプロ野球中継に目をやった。
『オカダさん、今日は阪神打線が爆発しておりますね。7回裏にはバックスクリーンに3連発も出ました。1985年を思い出しますね』
「俺たちもバックスクリーン3連発くらいやらないとな」榎田と金田の肩を叩きながら言った。
 そしてテレビから流れる六甲おろしを3人で立ち上がり肩を組んで合唱した。樋口は座ったまま黙って微笑みながら見ていた。