小説を楽しんでプラス

主に私が作成した超短編小説(ショートショート)を記事にします。ほかにお気に入りの小説を紹介します。

幸福度を上げる神様 疫病神

 ① ラーメン屋の男

「ここのラーメン、ほんと旨いな。このチャーシューなんかトロトロで最高だよな。口の中でとろけるよ」西地区神様が箸で持ち上げただけで崩れ落ちそうなトロトロのチャーシューを口へ運んだ。口の中にチャーシューの味が広がり、それをしっかりと味わってから細目の麺をすすった。
「僕もこんな美味しいラーメン食べたのは初めてです。このスープなんかコクがあるのに、なぜかあっさりしてて何杯でも食べれますよ。ほんと人間は贅沢ですよね、こんな美味しい物を食べれるのに幸福を感じないんですから」東地区神様はそう言った後、すぐにラーメンをすすった。
「すいません、チャーシュー麺おかわり二杯ください。それからお水と」西地区神様が体をひねり調理場の男に向かって追加の注文をした。
「あっ、はぁ、水はセルフで……」調理場に立つ男から気だるそうな声が返ってきた。
 東地区神様がこの店に入ってから気になっていたことは、この男の無愛想なことだった。ラーメンの味は最高だが、この男の態度に居心地の悪さを感じていた。
「この店、ラーメンは美味しいですけど、店員は無愛想ですよね」東地区神様が右手を口にあて小声で言った。
「そうか、まぁ、ラーメン屋なんて、こんなもんじゃないか。気にすることない」西地区神様はそう言ってラーメン鉢を両手で持ち上げスープを飲み干した。「あー旨かった」
「はい、追加のチャーシュー麺二つ」無愛想な男はラーメン鉢をドーンとテーブルに置いて、神様達に目を合わすこともなく、そのまま背を向けて調理場に入っていった。
「あの男、きっと幸福度下がってますよ」東地区神様は調理場に立つ男を横目で見ながら西地区神様に小声で言った。
「えっ、そうか」西地区神様は二杯目のチャーシュー麺を食べようとした箸を止め男に視線をやった。
 西地区神様は男の肩が下がっている後ろ姿を見て「確かに幸福度は下がってそうだな。どこの地区の男だ」と訊いた。
「ちょっと調べてみましょうか」東地区神様がポケットからスマホを取り出した。
「そうだな、調べてくれよ。西地区ならすぐ教えてくれよ」
 東地区神様は取り出したスマホで男を隠し撮りして、その画像を本部へと送った。
「男の画像を本部に送っておきました。五分位で返ってくると思います」東地区神様はそう言ってスマホをテーブルに置き、再びチャーシュー麺に箸をつけた。
 五分も待たずに「チリリリリーン」とスマホが鳴った。
 東地区神様は箸を止めスマホを手に取り「早いですね」と画面に視線を落とした。
「どう?」西地区神様がラーメンをすすってから訊いた。
 東地区神様はスマホの画面から西地区神様に視線を移し「西、ですね」と言ってニヤリと笑みを浮かべた。
「よーし、俺のところか」西地区神様は箸でラーメン鉢を叩いた。「で、どんな奴だ。幸福度は下がってるのか」今度は箸を東地区神様に向けながら訊いた。
「詳しいことはわかりません。わかるのは西地区在住で名前が山河亨ということだけです。西地区なので、あなたが本部に問い合わせれば、詳しいことはわかると思いますよ」
「問い合わせるの、面倒臭いな。お前やってくれよ」また箸で東地区神様を指してラーメンをすすった。
「僕が、ですか?」
「そう、問い合わせるの得意だろ」
「得意もなにもないですよ。本部にメールするだけですから」
「じゃあ頼むわ」
「はぁ、わかりました。問い合わせてみますが、この男は西地区の人間なんで、東地区担当の僕に教えるには、あなたの承認が要りますから、承認の確認メールが届いたら承認お願いしますね」
「OK、OK、それぐらいわかってるよ。任せとけ」


 ② 山河亨という男

「男の名前は山河亨、32歳、独身です。三ヶ月前までは大手食品メーカーに勤務していましたが、退職しています。このまま雇われのサラリーマンを続けるよりラーメン屋で独立した方が良いと思い、この店で修行をしているようですね」
「なるほど、それなら独立に向かって張りきってるところだから幸福度は上がってるんじゃないか」
「いや、それが、相当下がってますね」
「えっ、嘘、本当かよー、それはいいな」ニヤリと笑みを浮かべた。
「自分の地区の人間の幸福度が下がってるのを喜ぶのはどうかと思いますけど」
「これから上げてやるんだからいいじゃないか。で、何で下がってるんだ」
「前の職場では同期達が出世していき、自分が取り残され惨めに思ってたようですね。自分が出世出来ないのは上司の見る目がないからだと腹をたててやる気を失い会社を辞めてしまったようです」
「えっ、何、ラーメン屋で独立したいから会社を辞めたんじゃないのか」
「違いますね。何かで成功して前の職場の奴らを見返してやろうと思ったようです。それがたまたまラーメン屋だっただけですね」
「そりゃあ、浅いわ。動機が浅すぎる」
「それで、今、ここのラーメン屋で研修しているようなんですが、ラーメン屋の仕事が思ったよりキツかったみたいで、前の会社の時以上に精神的にも肉体的にも疲れきっているようです」
「ハァー、なんか厳しそうだな。自分が出世出来ないのを他人のせいにしてるし、中途半端な気持ちでラーメン屋で働いてるわけか。ラーメン屋で独立したいならキツイくらい覚悟しとかないとな。いい歳して甘いこと言ってるな」
「フフフ、まともなことも言えるんですね」
「何それ、どういう意味?」西地区神様はそう言って東地区神様の頭を軽く叩いた。「まぁ、この男の幸福度を上げるのは難しそうだな」
「ええ、だいぶ難しいでしょうね」
「それこそ三ヶ月前にタイムスリップして、ラーメン屋で独立するのを諦めさせるしかないんじゃないか。ラーメン屋は厳しい世界だよって教えてやってさ」
「それはダメです。過去を変えるのは絶対いけません。とりあえずラーメン屋で独立しようと決めた時は多少は夢や希望も持っていたはずです。その気持ちを思い起こさせるしかないでしょう」
「そんな薄っぺらい夢や希望は、このチャーシューのようにすぐ溶けてなくなるよ。無駄無駄」西地区神様は顔の前で箸を横に振った。
「あなたがそう言うなら僕の担当ではないので口は出しませんけど……」


 ③ 左遷
 
 山河は課長の島田と商談室でテーブルを挟んで向かい合って座っていた。島田は両肘をテーブルにつき前で指を組み俯き加減に山河の近況を聞いていた。気の弱い島田が俯いて話している時は悪い知らせであることは部下の山河にはわかっていた。

「私が異動ですか」島田に近況報告をしている最中、急に島田から異動を告げられた。
 島田は山河から近況の報告を聞きながら異動を告げるタイミングを探っていたがみつからず「ところで山河君」と山河の話を遮り急に異動の話をした。その時の島田は山河に目も合わさず、俯いたままだった。その島田の態度から山河はこれは左遷だとわかった。
 同期の阪本や恒川は、先週の人事連絡で係長になると知った。先を越されたことに悔しい思いをした後だけに、この左遷はショックも大きかった。島田から商談室に呼ばれた時は、俺もついに係長かと、思っていたが商談室に入った瞬間、島田の俯く姿を見て違うなとは感じていた。山河は悔しくて腹が立った。
「何でも経験してみることは、きっと君のプラスになる」商談室を出る時に島田は俯いたまま山河の肩をトントンと軽く叩き見送った。慰めにもならない。他人事のように上からの通達を伝えるだけの島田の態度に怒りがこみ上げてきた。少しくらい部下を守れよ。
「クソーッ」肩を震わせ両手は拳を強く握った。「何で俺だけが……、こんな会社辞めてやる」
 頑張って働いても、出世も遅れているし仕事も面白くない、挙げ句の果てにとばされる。山河は上司だけでなく同僚までにも恨みを持った。
 しかし、山河の仕事ぶりについて問題があったことは確かだった。遅刻も多かったし、営業成績も芳しくなかった。取引先との約束も忘れてしまうこともあった。課の信用を失いかねないので、島田も今回の異動は、やむを得ないと思っていた。お荷物が減る、という安堵の方が強かった。

 山河は左遷を告げられた帰りにラーメン屋に寄った。
「いらっしゃーい」威勢のよい声が飛んできた。彫りの深い顔をした店員が皺だらけの笑顔で水を運んできた。
「ご注文は?」浅黒く頑固そうな顔をしているが、目の輝きに優しさと温かさを感じた。
「うーん」メニューを見ながら山河は唸った。どれも美味しそうで悩んでしまう。
「おすすめはチャーシュー麺ですよ」店員がハスキーな声で言った。
「あっ、じゃあ、チャーシュー麺で」そう言ってメニューをとじた。
「ありがとうございます。チャーシュー麺ね」店員が伝票をテーブルに置いて「3番さん、チャーシュー麺」調理場に向かって、かすれているが元気のある声で言った。調理場からも「はいよー、ありがとうございます」と元気な声が返ってきた。その声が狭い店内に響いた。
 山河は店の明るい雰囲気が羨ましかった。今の会社のような、皆が上の顔色をうかがいながら働き、お互いが牽制しあう、どんよりした雰囲気とは大違いだと思った。
 チャーシュー麺を待っている間、今後の身の振り方を考えていた。会社を辞めたいが、その後どうしたものかと考えていた。
 その時、ふと店内のポスターが目に止まった。
『正社員募集! のれん分け制度有ります。あなたも当社の美味しい人気ラーメン店のオーナーになりませんか』
「ふーん、オーナーか、いいな」山河の口元が緩んだ。
 オーナーになったら、異動や出世のことで悩まなくていいし、上の顔色も気にしなくていい。利益は全部自分の収入だ。やればやるだけ収入が増える。あいつらを見返してやる。
「はい、お待ち、チャーシュー麺です」
「あの、すいません。まだあの募集はやっていますか」山河はポスターを指差しながら店員に声をかけた。
「はい、やってますよ。よかったら下に書いてあるフリーダイヤルに電話して下さい。やりがいのある楽しい仕事ですよ」


 ④ 疫病神

「ちょっと気になる奴がいますね」東地区神様が西地区神様の後ろの席に座る男を西地区神様の肩越しに睨むようにして見た。
「えっ、誰」西地区神様は振り返ると、黒縁の眼鏡をかけ、ヘルメットのようなオールバック頭の細身の男が腕を組んで座っていた。男は黒のスーツ姿でノーネクタイ、サラリーマンというよりは水商売が似合いそうだ。ラーメンを食べ終わった後も席に座ったまま、何をするでもなく、眼鏡の奥に光る鋭い目で宙を眺めていた。
 西地区神様は、その男を見て背筋に冷たいものが走った。
「何、気持ち悪いというか、目が怖いぞ」東地区神様の方にむき返り、肩をすぼめた。
「奴を知りませんか?」
 西地区神様は肩をすぼめたまま首を横に何度も振った。
「奴は疫病神ですよ」口に手を添えて声を落とした。
「や、疫病神。嘘だろ」西地区神様が目を見開いた。
「間違いないです。疫病神が、この西地区に居座ってしまったようですね」
「嘘、そ、そんな、これで西地区は終わりじゃないか」西地区神様は頭を抱えた。
「山河に憑いてるんでしょうね」
「えっー、いよいよ山河は無理じゃねえか。もう山河はあきらめて、早く他の奴をあたろう」
「いや、どっちにしろ、疫病神を何とかしないとダメですよ。疫病神は一人や二人を不幸にするレベルではありません。一気にやりますから。多分、山河だけではないですよ。西地区全体がヤバいと思います」
「うわー、これまでの俺の苦労が水の泡じゃないか」西地区神様はテーブルに突っ伏せた。
「そんな苦労してるようには見えませんでしたけど」東地区神様は表情を変えずに冷たい視線を西地区神様の後頭部に向けた。
 西地区神様は顔を上げ、東地区神様を睨み付けた。「本当、お前は冷たいな。お前も疫病神じゃないのか」
 疫病神が席を立ちレジへと向かった。「ごちそうさま」トレイに千円札と伝票を置いて神様達の方に振り返り、鋭い視線を送ってきた。その目は「てめえら邪魔するなよ」そう言っているようだった。
 レジで会計をしている間、山河の顔を見てニヤリと不気味な笑みを浮かべていた。山河は疫病神の顔も見ないで会計をしていた。「120円のおつりです」レシートと釣り銭を疫病神の手に置いて、すぐに調理場へと入っていった。
「あんな態度じゃ、疫病神の思うツボですよ。自分から不幸の道を選んでますよ」
「ハァ、西地区はもう終わりだ。俺は神様クビになるよ。東地区よ、どうしたらいいんだ」
「とりあえず、疫病神と話してみますか? 追いかけましょう」東地区神様が席を立った。
「えっ、手伝ってくれるの」
「乗り掛かった船ですから。僕先にいきます。あっ、これラーメン代支払っておいて下さい」東地区神様は出口へと歩きだした。
「わ、わかった。ありがとな」西地区神様は伝票を取り慌ててレジへと向かった。


 西地区神様がは東地区神様を追いかけようと慌てて店を出ると、東地区神様と疫病神が向かい合って立っていた。そこから険悪な空気が西地区神様に向かってスーっと流れてきた。
「だから、何? わしがお前ら神様の邪魔をしてる、そう言いたいのか」
「そうですね」東地区神様は両手を前に組み背筋を伸ばし立っていた。
「そっちこそわしらの邪魔しとるんやないか。わしらもこれが仕事なんやし。それにやな、ここは西地区や。お前は東地区担当なら関係ないやろ」疫病神がポケットに手を突っ込んだまま東地区神様の顔を睨み付けていた。西地区神様は、それを見て怖くなりこっそり帰ろうかと踵をかえした。
「あっ、出てきました。あの神様が西地区担当です。先輩、ここでーす」西地区神様に向かって手を高く上げた。西地区神様は、その場で直立不動になり、ゆっくりと首だけ東地区の方に向けた。そしてゆっくりと右手を上げて、「おぅ」と言った。
「てめえが西地区担当か」疫病神が肩で風を切りながら西地区神様に向かってきた。
 東地区神様が疫病神を追いかけて「どこかで冷静にゆっくり話し合いましょうか」と疫病神の肩に手をおいた。
 疫病神は東地区神様の方に振り返り、「わかった」と言って、肩に置かれた東地区神様の手を払った。


 ⑤ 対決

「あらためまして、私が東地区担当の神様です。よろしくお願いします」喫茶店で注文を済ませた後、まず東地区神様が挨拶した。
「あー、よろしく」疫病神は首を掻きながら、天井に視線をやったまま返した。
「どうも、私が西地区担当神様です。よろしくお願いいたします」
「でっ、あんたがわしに文句つけてるのか」疫病神は煙草に火をつけて西地区神様の方に体をひねった。
「いえいえ、文句というわけでなくて、お願いなんです」
「お願い? フゥー」疫病神が紫煙を西地区神様に吹きかけた。
「ウッ、ゴホン、ゴホン。そ、そうです。お願いです」
「西地区から出ていけと言いたいんだろ」疫病神は前のめりになり西地区神様を睨み付けた。
 西地区神様は俯いて「えっ、いや、出ていけとは思ってませんが、西地区にいてほしくないなと……」段々声が小さくなっていった。
「同じことじゃねえか」
「……」西地区神様は隣に座る東地区神様の肘を引っ張り、助けを求めた。
「今、西地区は幸福度が下がっていて大変な状況なんです。このタイミングであなたが入ってくると、もう手のつけようがなくなります。西地区が落ち着くまで暫く待って頂けませんか」東地区神様はそう言って頭を下げた。
「フン」疫病神は鼻を鳴らした。
「お願いします」東地区神様は西地区神様の後頭部をおさえながら二人揃って頭を下げた。
「あのな、お前ら勘違いしてるわ」疫病神が煙草を灰皿に押し付け「よーく聞けよ」と言って目を見開いた。
「あっ、はい」神様二人は背筋を伸ばした。
「西地区の幸福度は非常に低いのは、わしもわかっとる。酷すぎるからな。だから……、わしは来たんや」
「酷すぎるから来た……ですか?」神様二人は首を傾げて顔を見合わせた。
「わからんか?」
「あっ……、は、はい」二人声を揃えた後、「すでに幸福度が下がっていて、仕事がやりやすいからですか」西地区神様が口を滑らせた。
「てめえ、わしをなめとんのか。わしは楽しようなんて、これっぽっちも思ってないわ。てめえらみたいに上の評価の為だけに仕事やってんじゃねえぞ」疫病神は目くじらをたてテーブルを思いっきり叩いた。コーヒーカップが驚いたように跳ね、テーブルにコーヒーが跳んだ。
「失礼なことを言って申し訳ありません。では、なぜ幸福度が下がっている西地区に来たのか教えていただけますか」東地区神様が西地区神様に一瞥し、疫病神に深々と頭を下げた。
 疫病神は「ふん」と鼻を鳴らし西地区神様を睨んだ。「例えば、さっきの山河亨だが」煙草をくわえ火をつけながらそう言い、紫煙を天井に向かって吐いた。
「ラーメン屋の男、ですね」東地区神様が確認した。
「そうだ、あいつだ」煙草を吸いながら眉間に皺を寄せた。「あんな奴を幸せにしても意味ないぞ」西地区神様に視線を向けた。
「な、なぜですか?」西地区神様は少し怯えながら訊いた。
「てめえは、そんなこともわからんのか?」
「……」
「自分から落ちていっているからでしょうか?」東地区神様が、そう訊くと疫病神はニヤリと笑った。
「てめえら神様は、人間の幸福度を上げようと必死になってるがな、人間の欲はキリがない。幸福度を上げてやっても、また不幸だと思う奴がおる。それが山河だ。山河は大手の食品メーカーに就職出来たにも関わらずだ、自分の怠慢を棚にあげて上司の見る目がないから左遷されるとか言って会社を辞めたんだ。それで腹をたてた山河はラーメン屋で成功して辞めた会社の奴らを見返してやるとか思ってたが、今度はラーメン屋の仕事がキツいと弱音を吐いてる。こいつの幸福度を上げようと思ったら、ずーっと奴のわがままに付き合わないといけなくなるんだぞ」
 東地区神様は身を乗り出して疫病神の話に耳を傾けた。「確かにそうです。僕達も悩んでいたところでした」
「ほぅー、悩んでいたのか」疫病神の眼鏡の奥に光る瞳が少し優しくなった。「お前はどうだ?」西地区神様に向かって煙草を向けながら訊いた。
「あっ、そ、そう思います」西地区神様は慌てて返した。
「フン、お前は、本当にわかってんのか」
「……」西地区神様は下を向いた。
「ところで、疫病神さんは、山河を今後どうするつもりなんですか」
「落ちるとこまで落とすつもりだ。まずラーメン屋をクビにして職を失う。その後なかなか職にありつけない位まで落としてやろうとは思ってる」
「厳しいですね」
「それくらいしないと奴はダメだ。それが奴のためになる」
「奴のため……? ですか」
「そう、そして」疫病神はそう言ってから煙草に火をつけて「お前ら神様のためでもある」紫煙といっしょに言葉を吐いた。
「えっ、俺たちのため」無口になっていた西地区神様から驚いたような声が出た。
 疫病神は西地区神様に一瞥をよこしてから、東地区神様を見た「お前はわかるか」
「何となくですが」東地区神様は疫病神をじっと見た。「多分、幸福度は本人が決めることだから、僕達がいくら幸福度を上げようとしても当の本人が幸せと感じなければ幸福度は上がらない。だから、今の山河に僕達が何をしても本人が変わらない限り意味がないということでしょうか」
「まっ、そんなところだ。山河の幸福度をお前らが頑張って上げても間違いなくすぐに下がる。これは山河本人が変わらないと無理だ。だから一度どん底を見せるしかないんだ。どん底を見て、自分がこれまで恵まれていたことに気付いたら、山河も変わるかもしれない。もし山河が変わったら、その時にお前らが幸福度を上げる助けをすればいい」
「疫病神さんは、僕達が幸福度を上げやすくする為にどん底まで落とすというわけですか」
「別にお前達の為ではない。人間社会のためだ」
「えっ、人間社会のため」疫病神からの言葉とは思えず西地区神様がびっくりするように言った。
 疫病神は西地区神様に視線をやり「そうだ、悪いか」と言うと、西地区神様は「いえいえ」と胸の前で小さく右手を振って俯いた。
「今の西地区は酷い。山河みたいな奴ばっかりや。恵まれた環境にいることを忘れとる。今恵まれていること、それを気づかせんと幸福度は絶対に上がらん。だから、わしは暫く西地区で活動する。西地区の奴らは苦しい思いをしてはじめて今までが幸せだったことに気付く」
「僕達はどうすればいいんでしょうか」
「そんなこと知るか。黙って見てればいい」煙草を灰皿に押しあて立ち上がった。「勘定は頼むな」そう言って喫茶店の出口へと向かった。
「弟子にして下さい」東地区神様が疫病神の背中に向かって叫ぶと、疫病神は振り向くこともなく右手を上げて喫茶店を出ていった。


 ⑥ 神様を辞める時

「なんだと、二人揃って辞めるだと」
「はい、申し訳ありませんが、お願いします」
「うーん、西地区は幸福度が上がらないので神様の資格を返してもらうか協議していたが、まさか東地区のお前まで辞めたいとはな」
「勝手言って申し訳ありません」
「辞めてどうするつもりだ」
「はい、疫病神になろうと思っています」
「えっ、な、なんだと、や、疫病神だとぉ! お前ら神様と正反対の仕事をやるつもりか、我々を裏切り邪魔をする気か」
「いえ、邪魔するのではありません。僕達はこれまで自分達の成績の為に人間の幸福度を上げようとしてきましたが、これからは人間の為に幸福度上げることを考え疫病神になることにしました」