小説を楽しんでプラス

主に私が作成した超短編小説(ショートショート)を記事にします。ほかにお気に入りの小説を紹介します。

スマホからのお説教

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先月、俺は婚約をした。相手は美咲という名で、3年前に友人の紹介で知り合った。俺の一目惚れだった。知り合ってから、俺は必死で口説き、付き合うことが出来た。

 しかし、婚約してからは、よく喧嘩するようになり、このまま結婚して大丈夫なのだろうかと不安になっていた。

 今日もデートの途中で口論になってしまい、俺は腹が立って1人で帰ってしまった。帰りにスーパーで缶ビールと焼鳥を買って1人で晩酌することにした。結婚して美咲の手料理をあてにビールを飲むことに憧れていたが、今はそんな事、どうでもよくなっていた。

 焼鳥のパックをあけ、缶ビールのプルトップを空けた瞬間にスマホが鳴った。美咲からだろうとスマホを見ると、画面には「わし」と表示されていた。

 「わし」と言う名に心当りはなかったが、俺は電話帳登録の名前を俺が勝手に決めたニックネームにしている人物が数人いる。

 例えば、親友の杉本は面白い奴なので「明石家」、尊敬する鈴木先輩には「イチロー」にしていた。他にも「秀吉」「信長」「家康」などの歴史上の人物や「くま」「すずめ」「さば」など動物の名前もあるので、「わし」で登録した人物を思い返してみたが心当りはなかった。

 美咲の登録名は何度か変えた。出会った時は「山川」だった。付き合い始めた頃に「美咲」になった。その後、他人に言うのは恥ずかしいような登録名にした時期もあり、婚約した日に「嫁」と登録した。

 結局「わし」に心当りはなかったが、とりあえず電話に出た。

「もしもし、中本ですが」

「あー、わしや、わし、わし」

 「わし」という人物は何度もわしを繰り返した。俺は間違い電話だと思った。

「すいません、どちらにおかけですか」

「どちらにてお前にやないか、自分、中本裕太やろ」

「あっ……はい、……中本裕太ですが……」

 電話の相手が誰なのか全く見当がつかなかった。しかし相手は俺の名前を知っている。がさつな感じだし、面倒なことに巻き込まれるのではないかと不安になった。

「失礼ですが、どちら様でしょうか」

「わしか? 名乗るほどのもんやないしな、今日は自分にクレームつけよ思うてな。まあ、その内容聞いてくれたら、わしの正体すぐわかると思うわ」

「ク……クレームですか……」

 やっぱり面倒なことになるのか。俺は記憶をたどったが、クレームを言われるようなことは思い浮かばなかった。

 もしかして、美咲には別の男がいて、その男からの電話ではないかと思った。今日のデート中の口論も美咲に他の男がいるんじゃないかという俺の疑念から始まっていた。

「そんな硬くなることないで、リラックスしてや、わしを握る手に力入り過ぎやねん。窮屈やから軽く握ってくれる。手汗でビショビショやし、自分、ビビってるんか」

 言っている意味が理解出来なかった。

「クレームちゅうのはな、わしを充電しながらゲームしたり、メールするのをやめてほしいんよ。それってめちゃくちゃ疲れるんよ」

「……充電……ですか?」

「そうや、充電の時や、自分、ようゲームやるやろ」

 まさかとは思ったが、電話の相手は、このスマホ自身なのだろうか。

「あなたは、このスマホ……ですか?」

「そうやで、話したらすぐわかる言うたやろ。わしは、このスマホやで」

スマホって関西弁なんですね」

「わしは関西出身やからな、関西弁は嫌いかいな?」

「いえ、俺も関西の方に住んでたことありますし、明石家さんまさんの大ファンですから、関西弁は好きです」

「そうか、そりゃ良かったわ」

「充電の時にゲームやメールをやらないでほしいということですか。それを伝えるためだけに電話してきたんですか」

「クレームは、それだけやあらへん、まだまだあるけどな。自分、今の言い方やと充電しながらゲームやメールくらい、ええやないかと思ってるんやろ」

「まあ、それくらいでクレームの電話しなくてもいいのに、とは思いますけど」

「やっぱりわかってくれてなかったんやな。自分、今から焼鳥食べながらビール飲もうと思てたんやろ。遠慮せんと食べながら話し聞いてくれたらええで」

「じゃあ、遠慮なく食べますね」

「遠慮なく食べてもらってええねんけどな、食べながら腹筋と腕立て伏せをやれ言われたら嫌やろ」

「嫌に決まってるじゃないですか、食べた物を吐いてしまいますよ」

「そうやろ、嫌やろ。しかしな、充電しながらゲームやメールするちゅうことは、わしらにそういう事やらせてるねんで、わかるか? 充電ちゅうのは、わしらにとっての食事なんや。食事中にゲームやメールやられたら、体が変になってしまうわ。わしらに、そんなこと、やらせておきながら、電池の持ちが悪くなったやら、充電遅くなったやら、文句ばっかり言うやろ。わしらも大変なんやで」

「わかりました。これからは気を付けます」

 美咲から電話やメールが来るかもしれないので、このわけのわからない電話を早く終わらせようと思い素直に受け入れた。

「美咲ちゃんからの電話やメールが気になってんやろ。心配せんでも、美咲ちゃんからの連絡があったら教えたるわ。まぁ、ゼッタイに無いけどな」

スマホは「ゼッタイ」を強調して言った。

「何で美咲からの連絡が絶対無いと言い切るんですか」

「ハハハ、そのうちに、自分にもわかるわ。喧嘩してたくせに、連絡無かったら不安なんかいな」

「美咲から謝りの電話があってもいいかなと思ってたんですが……」

「残念ながら無いわ。悲しいけど無いわ。ゼッタイにゼッタイにゼッタイ無いわ。自分から電話して謝っとけば良かったのにな」

 美咲から絶対に電話がないと言われて、スマホの言う通り電話しておけば良かったと後悔した。

「話し変わるけど、自分はロリコンやな」

「えっ、何ですか急に」

「よう、アイドルの画像を検索して、アイドルの水着姿に鼻の下のばしてるやろ。その時、わし笑うてしまいそうなるねん。もっと過激なやつ見てる時もあるしな、ほんまスケベな男やな」

「男なら、それくらいはあるでしょ。そんな話はどうでもいいじゃないですか。他にもクレームがあるんじゃなかったんですか」

「美咲ちゃんも可愛いしな。わし、美咲ちゃんスマホになりたかったなぁ。そしたら幸せやったのに、こんなスケベなロリコン男のスマホに生まれて不幸やったわ」

 わけわからないし、ムカつくスマホだ。投げつけて壊してやろうかと思ったが、結局、俺が損するだけだと冷静になった。

「そんな話ばかりなら、電話切りますよ」

「あかん、あかん、これからもっと大事な話があるんやから、これからが本番やで。わしは自分のためを思って電話してるんやで、そやのに、自分の態度悪過ぎやで」

「それなら、さっさと話して下さいよ」

 俺はイラついていた。このスマホを壊して新しいのに買い換えてもいいと思い始めていた。

「そう慌てんな、これからの話は、自分にとって大事な話やからな、心の準備が必要や思うてリラックスさせてやったんや」

「……」

「なんや、無視かいな。そしたら大事な話するで」

 少しの沈黙があった。

「準備はええか」

 スマホから今までとは違う低くドスのきいた声が聞こえた。

「はい」

 俺は少し緊張した低い声で返事をし、耳を澄ませた。

「低い声やと、ちょっと緊張感出たやろ。自分も聞く姿勢が出来てたわ。そやけど自分が真剣な表情で「はい」て言うのは、似合わんな、笑うてまうわ。自分はロリコンのイメージが強いからな。ハハハ」

 スマホは元の声のトーンに戻っていた。

「何なんですか、ふざけてないで、さっさとして下さいよ。俺は美咲と喧嘩したことで落ち込んでるのに、からかわないで下さいよ」

カリカリしても、ええことないで。今から話すクレームは、その喧嘩にも関係あるんやで。それはやな自分のメールの内容にクレームやねん」

「俺のメールにですか?」

「そうや、自分の最近のメールの内容が酷くて、わしは頭痛くなってんねん。汚い言葉、打ち込まれて送信せなあかん、わしの身になってほしいんや。苦しくて悲しくてスマホを辞めたいと思うてたんやから」

「どういうことでしょうか?」

「どういうことって、自覚無いんかいな。自分、頭悪いんちがうか? メールの内容が酷い言われてピンとこえへんか?」

「俺のメール、内容が酷いですかね?」

「最近は特に酷いで、言葉が汚すぎるねん。教えよか」

「あっ、はい」

「例えばやな「もう、うんざりだ」「お前のせいだろ」「嫌なら別れようぜ」「俺の方が大変なんだよ」「それくらい我慢しろよ」まだまだあるけど、わしも言いたくないからな、これくらいでええやろ。自分の悪い頭でも理解できるやろ」

「確かにそんな言葉使ってましたね」

「そやろ、それをやめてほしいねん。昔は、そんな言葉使ってなかったから、わしも心地良かったわ。昔は「大丈夫か」「俺に任せておいて」「体に気を付けろよ」「心配するな」みたいな言葉が多かったな。自分みたいなロリコンスケベ男でもかっこよく見えたけどな」

 そう言われてみれば確かにメールの内容は変わってきていた。

「わしの体が、かゆくなるような時期もあったけどな。美咲ちゃんに出会った当初は「君の事しか考えられない」「君は僕の太陽だ」「僕は君の為に生まれてきたんだ」みたいなメールばっかり送ってたやろ。どの面下げて言うてんねん思ったけど、それはそれで面白かったわ。けど今は酷いだけやからな」

 俺は恥ずかしくなっていたが、さすがに俺のスマホだけあって、メールの内容は間違いなかった。

「そうですね、おっしゃる通りです。これからは酷い言葉に気を付けます」

 しばらく沈黙があり、スマホが一言だけ「あー」と言った。

 明らかに声のトーンが低くなって元気がなかった。俺はまた悪ふざけかと思っていた。

「けど、もう遅いねん。今さらどうしようもないわ。もっと早く自分に伝えとけばよかったわ」

 声のトーンは低いまま元気がない。美咲からは絶対に連絡ないと言ってたし、今さらどうしようもないと言うし、俺は不安になった。

「どうしたんですか? 元気ないですよ。今さらどうしようもないって、何でそんな弱気なこと言うんですか。ちゃんと話して下さいよ」

「あせらんでもええがな。自分には話しておかなあかん事やから話すわ。ただ、今度は、わしの心の準備がいるんや。これからがほんまの大事な話しやからな」

 スマホの声はふざけた様子もないので、俺も息を呑んだ。

「自分、今日のこと覚えてるか? 美咲ちゃんと口論になってデートの途中で帰ってしもたこと」

「はい、覚えてます。美咲が俺の言うことに逆らうんで、腹が立って帰りました」

「帰り道に怒りながら美咲ちゃんにメールしてたわな? さっき言うたような酷いメールばっかり送ってたわな。送る方のわしの身にもなってや。自分のわがままなメール送るんは、心苦しかったわ」

「美咲が会社の飲み会で帰りが遅いから注意しただけですよ」

「何が注意やねん。ただ嫉妬しとるだけやないか。係長と浮気してるやろとか、そんな飲み会ある仕事は辞めろとか、辞めないなら婚約破棄やとか、そんなことばっかりメールしてたよな。自分は何様や思うてんねん。自分は本物のバカやねんで、ただのロリコンスケベ男やねんで、わかってるか」

「確かに飲み会で遅くなって連絡してこないから、嫉妬したかもしれません。ちょっとカッとなってメールしてました。それは反省してます」

「それからな、どこでメールしてたんや?」

「帰り道ですけど」

「問題はそれやねん」

「何でですか?」

「歩きスマホしてたやろ。それが問題やねん」

「歩きスマホはマナー違反なのは、わかってますが、みんなやってますよ」

「みんなやってるとか、そんなん、どうでもええねん。相変わらずわからんやっちゃな。自分覚えてへんみたいやから教えたるわ」

「……何のことかわかりません」

「よう聞きや、ほんま大事な話やで。自分、駅前の信号待ちでメールしてたよな? その時、まだ信号青に変わってへんのに、メールに夢中で渡り始めたやろ。あのトラックも信号が黄色から完全に赤に変わってたから止まらなあかんけど、自分も全く気付いてなかったもんな。トラックも突っ込んできてたからブレーキ遅れたしな。そうなったら、わしには、どうしようも出来ひん。自分とトラックの間に入って助けよ思たけど、吹き飛ばされて、バキバキに割れてもうて再起不能や」

「あっ……」

 そう言えば、駅に向かう途中に美咲に怒りのメールを送っていた。顔を上げたらトラックが俺に突っ込んできていた。その後の記憶はなかった。

「ちょっとは思い出したようやな。自分歩きスマホしてたからトラックにはねられたんやで。今は病院のベッドの上や。命は助かりそうやからよかったけどな」

スマホ、いや、あなたはどうなったんですか?」

「わしか? さっきも言うたやろ、バキバキに割れて再起不能や」

「えっ……」

「それでやな、もうわしに来たメールは自分、見られへんからな。あの時、美咲ちゃんが最後に送ってきたメールを伝えとかなあかん思うてんねん」

「あの後、美咲から返信あったんですか?」

「あったよ、美咲ちゃんは、ええ娘やな。絶対自分みたいなバカにはもったいないわ。今からそのメールの内容伝えるわ。これがわしの最後の仕事や」

「……」

「裕太さん、この間の会社の飲み会で遅くなったのに連絡しなかったこと本当にごめんなさい。でも、裕太さんが思ってるような浮気とかでは絶対にありません。それは信じて下さい。それから、仕事は結婚してからも続けたいです。仕事と裕太さんのどっちが大事かと言うと、間違いなく裕太さんです。裕太さんと結婚したいです。あたしは結婚してから2年位仕事してお金を貯めて、裕太さんの子供を産みたいです。その後は裕太さんと子供と幸せに暮らしたいです。だから、あたしの事、信じて、もう少し仕事を続けさせて下さい。そして婚約破棄なんて言わないで下さい。お願いします」

「……」

「以上や、ほな、お幸せに」

 

 俺は目を覚ますと病室のベッドで横たわっていた。目の前に母親の顔が見えた。目に涙を浮かべているようだった。

「裕ちゃん、お母さんよ、わかる」

 俺は母親の顔を見て頷いた。

「裕ちゃんの意識がもどったぁ」

 母親の声が病室に響いた。母親は隣に立っていた父親の肩に顔を埋めた。父親を見ると、口を真一文字にして、感情を堪えて震えているようだった。

 父親の後ろに美咲の姿が見えた。化粧っ気もなく、髪の毛もボサボサだった。顔は泣きじゃくって、ぐしゃぐしゃになっていた。

 しかし、これまで見てきた美咲の表情の中で一番、いとおしく可愛い表情だった。

 俺は彼女を絶対に幸せにするんだと誓った。

「自分、感謝しいや」

 遠くでスマホの声が聞こえた。