書き出し
女、三十にして全てを失った。厳密に言えば「職」と「男」を同時になくした。前者は受動的に、後者は能動的に。いずれにせよ、この手から離れてしまったことに変わりはない。仕事によって経済的な潤いを得て、恋人によって精神的な安らぎを得る。三十路の女にとって、それら二つを「全て」と表現するのは大げさなことだろうか。こっちには特技も資格もパトロンも、ついでに優しさも常識も、みんな、ない。父が教えてくれたように「山と谷の繰り返しが人生」なら、今は谷だ。谷底だ。
でも、どうしてだろう。ちょっと楽しいーー。
矢吹明菜は旅に出る。旅の途中、神戸で出会った変な老人から、ある依頼を受ける。
京都まで行って、やっかいな男を神戸に連れて来てくれたら成功報酬をやるという。
明菜は警戒しながらも、頭の中は成功報酬という言葉に満たされていた。
やっかいな男とはマエストロの一宮拓斗で、老人からの依頼は、一宮拓斗を神戸の小さな楽団に連れていくことだった。
明菜は拓斗を神戸の楽団に連れて行って依頼は終了だったわけだが、どういうわけか、その楽団の手伝いをすることになる。
登場人物の個性の設定がくどくてストーリーが入らなくなることもありましたが、音楽家のプロ意識や葛藤など入りこめるところもありました。