おいしそうな表現 森沢明夫作品 ヒカルの卵
私は小説を読むだけでなく書いてみたいと思うようになりました。超短編ですが書いてみました。
しかし、浅い表現しか出来なくて、面白いものが作れません。
プロの小説家の作品から学ぼうと思っています。
今回は森沢明夫さんの「ヒカルの卵」です。
森沢明夫さんの作品は食べ物の表現も美味しそうで大好きです。
なぜ、文字だけで、あんな美味しそうに表現できるのかを学びたいと思い、ここに残しています。
森沢明夫 ヒカルの卵
俺はその大根に辛子をちょいとつけて口に放り込んだ。噛むと、「田舎の甘味」とでも言うべき優しい風味が舌に染み込んできた。柳生のジジイが手間を惜しまず作った土の豊かさが、そのまま大根という生命に宿されているのがよく分かる。大吉が、大根の旨味の残った舌を熱燗で洗いながらつぶやいた。
トミ子婆は熱燗のほかに、俺の差し入れた卵で作った出し巻き玉子を出してくれた。小皿には、鬼おろしで摺った大根おろしがてんこ盛りになっている。
ムーさんは愉快そうに笑うと、さっき採った山葵を平たい石にこすりつけて、すり下ろしはじめた。天然の山葵は、何ともいえず清涼感に満ちた匂いを発して、わたしの食欲を刺激した。そういえば、今日はまだお昼を食べていないのだった。
山葵をすり下ろすと、ムーさんはその薄緑色のペーストに岩塩を混ぜ込んだ。
「塩山葵だ。こいつをつけて喰うと、魚の美味しさが引き立って、最高にうめえんだ」
新鮮な天然の山葵は、思わず唸りたくなるような風味だった。辛さよりもむしろ清涼感と甘さが際立っていて、そこに絶妙な塩味が利いているから、淡白なはずのヤマメの肉の旨味が数倍にも感じられるのだ。
滑らかなプリンのようなクリーミーな舌触りと、奥行きのある甘味と旨味ーしかも、黄身が溶けた口中から鼻に抜けるまろやかな香りまでもが秀逸なのだ。
次は、白身だ。
私は黄身が口に入らないよう注意して、白身だけをちゅるりと吸い込んだ。驚いたことに、この卵は、白身にまで優しい甘味が含まれていた。舌に染み渡るようなタンパク質の旨味もマイルドで、それでいて、後味がとても爽やかだ。
お通しは、ミョウガと塩昆布を和えたものを、冷やして切ったトマトにのせただけのシンプルな料理だが、これが夏らしく爽やかで評判がいい。
キュウリを薄くスライスして、麦焼酎の水割りにたっぷり二〇枚ほど入れてやる。それをマドラーでよくかき混ぜれば、夏限定の「焼酎のキュウリ割り」の完成だ。これは口当たりがとても清爽なうえに、キュウリが焼酎の甘味を引き出すからマイルドな風味を楽しめる。