\u003Cscript async src=\"https://pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js?client=ca-pub-2307116921594807\" crossorigin=\"anonymous\">\u003C/script>

人生も後半戦

人生も後半戦になったら、これまでの生き方に後悔することもあります。しかし、後悔しても仕方ない。この先楽しく生きるためにいろんなことに挑戦

人の心や行動の表現 森沢明夫作品 ヒカルの卵

 私は小説を読むだけでなく書いてみたいと思うようになりました。超短編ですが書いてみました。
 しかし、浅い表現しか出来なくて、面白いものが作れません。
 プロの小説家の作品から学ぼうと思い、ここに残しています。
 今回は森沢明夫さんの「ヒカルの卵」です。
 森沢明夫さんの作品は表現が美しく優しいので大好きです。文字だけで、美しい映像が頭に浮かぶ表現力を参考にしたいです。

ヒカルの卵
俺は、どうだ、とばかりに口角泡を飛ばしたのだが、大吉は固まったままだった。これはまた、ずいぶんと驚いてくれたらしい。

 バスンッ!
 玄関先で、肚(はら)に響くような音がした。
「ず、あ、う、う、うぅ」
 背中をしたたか地球に打ち付けられた男の呻き声が、冷たい風と一緒に店内に入ってきた。もはや呼吸が出来ない状態になっているに違いない。

 集落の「名物」として知られるこの爺さんの白い篷髪(ほうはつ)はまるで、実験に失敗して爆発した科学者の頭みたいだから、かなり遠くにいてもすぐに分かる。

 ギョロリと飛び出しそうな目で、頭のてっぺんからつま先まで舐めるように観察されると、なんだか身がすくむ思いがする。

 ぶっきらぼうな口調で失礼なことを言うと、柳生のジジィはぼくから視線を剥がして、よたよたと歩きだした。

 本を持ってくればよかった、と小さな後悔をした。

「まかない飯」という「ぜいたく飯」をたらふくご馳走になったぼくは、膨張し切ったお腹に振動を与えないよう注意しつつ、メエ子を引いて帰途についた。

「あ、いや、ちょっくら待てよ……」
 ムーさんは頬に人さし指をあてると、宙を見つめながら計算でもしているような顔をした。目がキラキラしていて、まるで夢見がちな子供みたいに見える。

 一時間ほど経って、脳みそが酒精にひたひたになってくると、やたらと陽気になっていたわたしは、母屋の納戸から、埃をかぶった小中学校時代の卒業アルバムを引っ張り出してきた。

 母以外には封印していた胸の奥の箱の鍵を開けたのだった。

 わたしの感情は、いつの間にか干上がった田んぼみたいにひび割れていて、もう、恋愛を出来るような潤いは一滴も残されていなかったのだ。

 わたしは椅子に座り、両手でコップをはさむように持つと、麦茶を少し口に含んだ。
「ふう、美味しい」
 よく冷えていて、喉の奥から細胞が生き返るようだ。

 いつもの二郎の変わらない。でも、仕事中などの、ふとしたときに見せる空っぽな表情は、やっぱり普通ではないのだ。

 わたしの意図を察して、皺に埋もれた目で頷いてくれた。

 この場でいきなり味見させるとは、なかなかたいした度胸ではないかーと、感心しつつも、私は心のたすきを締め直した。


 ふいに精米機が止まって、厨房が静かになった。
 静けさが耳を打つと、ツーリングをしたあの日、桜の樹々の向こうから風にのって漂ってきた遠い潮騒が、記憶の彼方から立ちのぼってくるようだった。

 今日は久し振りにすっきりとした目覚めだった。
 身体の芯に泥が詰まったような倦怠感もとれていたし、朝食もまずまず食べられた。

 ふいに線香の煙がふわふわと漂って、いい香りがした。わたしの布団の枕元に置いてある目覚まし時計が、チ、チ、チ、と残りの人生を少しずつ切り落としていく。


 笑いながら言って、わたしはこの子の母親でいられる幸せをそっと噛み締めていた。

 いったん私は深呼吸した。森の清々しい香りが肺と心を洗ってくれて、少しは気分を落ち着かせられた。

 ぼくは、少し潤んでしまった目に笑みをためて、心からペコリと頭を下げた。

 その坂を登り切って、自宅の梅ノ木を回り込んだ刹那ー。
「えっ……」
 まるで透明な壁にぶつかったみたいに、ぼくはピタリと足を止めた。そして、次の瞬間、弾かれたように、土間の入口に向かって駆け出していた。

 母はひとり、ちゃきちゃきと仕事をこなす。わたしも、空いた皿を下げたり、空いたグラスを見つけては注文をとったりした。できるだけ、いつもと変わらぬように心を砕きながら。


 親父は筋くれ立った指で風呂敷の結び目をほどくと、杉箱のフタを開けた。さらに包んでおいた和紙をはがして、利休鼠の器を両手で挟むようにして持ち上げた。
 何も言わず、表、裏と、舐めるように品定めをはじめた。ぼくは妙な緊張でお腹が固くなり、ゴクリと唾を飲みこんだ。

「この丼は、悪くない。ありがとな」
 ふいに鼻の奥がツンと熱くなったぼくは、「いえ」と首を振りながら思った。
 まだしばらく、この人には勝てないなー。