小説から学ぶ
小説を読んでいると、人生の教訓になるような言葉がたまに出てきます。主人公に向けて誰かが発したり、主人公が誰かに向けて発したりと、何気なくでてきます。自己啓発の本を読んで学ぼうとした言葉より、小説にぼつんと出てきた言葉の方が、心に染み込んで、自分の宝物になることが多いです。
「棚からぼたもちってのはよ、ようするに運がいいってことだべ? 運がいいってのは、神様に愛されてるってことだ。俺たちは毎晩、酒を喰らって、げらげら笑い合って、みんなと愉快にやってればよ、神様たちも楽しいのが好きだから自然と集まってくるわけさ。んで、結局、神様が集まるところにこそ、運が開けてくるってわけよ」
みんなが楽しくて、神様も楽しんで、運が開ける場所にするー。
命ってね、時間のことなんだよー。
たしか小学六年生の頃に、母はわたしにそう教えてくれた。
つまり、この世に「おぎゃあ」と生まれ落ちた瞬間から、わたしたちはすでに「余命」を生きていて、あの世に逝く瞬間まで「命」という名の「持ち時間」をすり減らし続けているというのだ。
「死んだおじいちゃんがね、よく絵美に言っていたことがあるの」
「えっ……」
わたしのおじいちゃんが、お母さんに?
「人に期待する前に、まずは自分に期待すること。で、その期待に応えられるよう、自分なりに頑張ってみること。人にするのは期待じゃなくて、感謝だけでいいんだよーって」
「人生っつーのはよ、たった一度きりの命をかけた遊びだからよ。何でも好きなことやったもんの勝ちだよな」
「ちげーよ、古館さん。そもそも人生に『失敗』なんてねえべさ?」
「え?」
「人生にあんのは『成功』と『学び』だけだって、死んだ俺の嫁さんが言ってたもんな。それによ、やりてえことをやんねえ人生なんてつまんねぇべ?」
「あたしの賢い旦那が言ってたよ。人生は振り子なんだってさ」
「振り子……」
「そう。人生で、何かでっかい不幸があったら、今度は、それと同じ分量だけ振り子は幸福の側に振れるんだって。だから真紀には、これから物凄くいいことがあっからね、期待してなよ」
「わたしが小学校五年生の頃だったかなぁ、お母さんと一緒にテレビアニメを観ていたとき、気の弱いキャラクターを見て、ポロッとこんなことを言ってくれたの。人生の『小さな冒険』に踏み出せない人って、『勇気』が足りないんじゃなくて、本当はきっと『遊び心』がちょっぴり足りないだけなんだよねって」
「遊び心、か……」
「うん、人生は、たった一度きりの『遊びのチャンス』なんだってさ。だから、未来を自由に楽しんで遊ぶ時間にしようと思えた人から『小さな冒険』の最初の一歩をひょいと踏み出していくんだって」
いいことと悪いこと、すべてひっくるめてこそ、人生は絵のように美しく輝くのだ。写真や絵画が光と影で描かれるように、幸福と不幸は、人生をより美しく、深く、彩るための大切な素材なのだと思う。