人の心や行動の表現 森沢明夫作品 たまちゃんのおつかい便
小柄なシャーリーンが、ほとんど天井を見るようにして看護師さんに訊いた。
シャーリーンの唇からこぼれ出た「娘」という単語は、わたしの胸の浅いところで礫(つぶて)のような違和感となって、ころりと転がった。
シャーリーンは両腕を抱くようにして、凍えた仕草をしてみせる
押し入れの端っこに、母の遺影が無造作に押し込まれているのを見つけたときだけは、胸の奥の泉から熱っぽい感情がこんこんと涌き出てきて、ひとり泣きそうになったのを覚えている。
コップを使わず、わたしたちは缶をぶつけ合った。
ごくり、と喉を鳴らす。
「美味し~い」
わたしは、こぼれそうなため息を、美味しいご飯粒と一緒に飲み込んだ。
わたしはお猪口を手にして、お酒を口に含んだ。揮発したアルコールが鼻に抜けるのと同時に、酒米の甘味がじんわりと舌に染み込んでくる。
わたしを見るなり南国の太陽みたいな、いつものカラッと明るい笑顔を浮かべた。
小さな罪悪感と一緒に返事を吐き出した
壮介は従順な柴犬みたいな顔をほころばせた
わたしはシャーリーンのくりっとした鳶色の瞳の美しさに見とれそうになった。
いきなり背中から見えない手を差し込まれ、ぎゅっと心臓を握られた気がした。一瞬、呼吸すら忘れていた。
いったん食道を伝い落ちたぬるい番茶が、胃のなかで黒くて熱い感情の塊になって、逆流してきそうな気がした。
渇いた喉を水道の水でうるおした。冬の冷たい水は、食道を伝い、胃に落ちていくのがよくわかる。コップ半分ほどの水を飲んだところで、思わず「ふう」と声に出してしまう。
「これ、わたしのだよね?」
目がなくなるほど嬉しそうな顔をしたたまちゃんが、当たり前なことを訊く。
胃の奥から食道のあたりにかけて、嫌な熱がこみ上げてきた。
やるせないような思いが胸の辺りからじわじわと広がって、お腹の底まで侵食されそうな気がした。
そのまま、何も言わない母の顔を眺めていたら、胸のなかに、ひんやりとした黒い霧のような感情が渦巻きはじめて、それが荒っぽい潮騒と混じり合い、みるみる膨れ上がり、喉の奥からこみ上げていた。
わたしはぐったりとシートに背中をあずけた。半開きの唇からは、空っぽなため息がこぼれた。
わたしは、ほぼ泣きっぱなしだった。しずくをこぼせばこぼすほどに、心がその分だけ乾いた空洞みたいになって、葬儀が終わる頃には、もはや脱け殻だった。
やさしい父の顔がゆらりと涙で揺れ、わたしの肩が上下しはじめた。
頷いた拍子に、しずくが再び落ちた。さっきと同じ手の甲に落ちたのに、しずくの温度が違う気がした。
古館のおっさんは、仏頂面のまま、唇の端だけで小さく笑った。