ときどき、その静かな廊下を看護師さんたちのシルエットがコツコツと靴音を響かせながら行き交う。彼女たちの控えめな靴音が響くことで、むしろ院内の静けさが際立っている気がする。床を這うようなブーンという低い音は、暗がりにぼんやり浮かび上がる自動販売機の呼吸音みたいだ。
青羽川という翡翠(ひすい)色の清流によって造られた扇形の平地でそこに人々が密集して暮らしている。
澄みきったサイダーのような水をたたえた青羽川の河口近く
エンジンを切ると、テンテンテテテテン……、と淋しげな音が車内に満ちた。安っぽい車の天井を叩く雨音だ。
通話を切って携帯をこたつの上に置く。
コト……、という小さな音が、静かな居間に響き渡った。
居間は、目を細めたくなるような光で満ちていた。東側の大きな掃き出し窓から、レモン色をした朝日がたっぷり注がれているのだ。
師走の朝の凜と張りつめた空気に、わたしの口から出た白い息がほわっと丸く浮かんだ。
空気が澄んでいるせいか、空と海の二色のブルーが、水平線でくっきりと上下に分けられていた。
道路の左手は、青いセロファンのような海。その穏やかで洋々たる広がりに、冬の低い陽光がひらひら乱反射していて、わたしは少し目を細めた。
空は淡いパイナップル色に輝き、その西日を受けた山々の斜面は光の絨毯のようだった。穏やかな海原も空と同じ色で揺れている。
さっきまで金色だった海原が、早くも濃いピンク色に変化しつつある。
会話のなくなった車内に、エンジンの音と、タイヤの摩擦音がじわじわと満ちてくる。
そのとき、ぴょう、と一陣の風が吹き抜けたと思ったら、アスファルトの上に黒い小さな花がぱらぱらと咲きはじめた。雨だった。
その澄み切った淵の水面は磨き込まれた鏡のようで、蛍光ブルーの夏空と、真っ白な雲を映しながら、ひらり、ひらり、と揺れていた。
海側の窓を開けて網戸にした。生暖かい風が透明な塊になって吹き込んでくる。生成りのカーテンがはたはたと揺れた。
夜空が暗いと、海も黒くてのっぺらぼうだ。その海からざわざわと低い潮騒だけが立ちのぼってくる。
まぶしい緑におおわれていた山々が、くすんだ苔色に変わりはじめる頃、音羽町にはひんやりとして透明感あふれる風が吹き下ろす。
増水した清流はウグイス色に白濁し、荒れ狂う大蛇のようにうねって見える。
まばらな雲が、熟したマンゴー色に光っていた。さらさらと吹き渡る海風までもが、透明感のあるマンゴー色に染まっているように見える。